Phase
LACUS with CAGALLI
「わたくしには分かりませんわ。本当にこれがお二人にとって幸せだったのかどうか。」
二人が眠るその部屋に、カガリとラクスはいた。キラの元に、思わず駆け寄ってしまったカガリは、その左手がアスランと今も繋がれている事を視界に入れ、そしてはっとしてキラの頬に当てた手を離した。
「幸せかどうかなんて分からないさ。でも、二人がこうなることを望んだのは事実だ。それは変わらない。」
カガリは、自分がこんなに冷静でいられる事が少しおかしい気がした。眠るキラをもう一度見たら、自分は必ず泣き崩れてしまうと思っていたのに、口から出た言葉はあまりに冷たく、そして静かに響いた。もう、自分はどこで間違ってしまったのか分からなくなっていた。
「そうですわね。この方法をお教えしたのは、わたくしだというのに。」
ラクスの声は、カガリにはとても寂しそうに聞こえた。
「わたくしは、キラにお薬を差し上げる時、何も迷いませんでしたのよ。手すら、震える事はありませんでしたの。わたくしは、まるでそれが当たり前のように振る舞いましたの。手が、あまりに自然に動いて、そしてキラを眠らせて・・・そしてわたくしは思いましたのよ、もう、わたくしのキラですわ、と。なぜでしょう。あの声が、あの優しさが、もう永遠にわたくしの前から去るというのに、わたくしは少し嬉しかったのですわ。」
カガリは少し、頭が痛んだ。しかし、口は勝手に言葉を紡ぎ出していた。
「そうだな、ラクス。もう、このキラはお前のだ。それに、わたしの。もう、二度と目覚めはしないけどな。」
すっとラクスを見たカガリは、そこにいるラクスの目の色が、自分と全く同じ色をしているのを知った。そして、少しだけ寒くなった気がした。
「それでも、キラは死んではおりませんわ。決して死なせません。わたくしが決して。そのような事は許しませんわ。それが例えキラの望みでも、キラの願いでも。アスランに渡すわけにはいきません。」
今や沈黙だけが、この空間の支配者だった。
「アスランは、賢明でしたのね。」
沈黙を破ったのは、ラクスの声だった。その声には、もう狂気のかけらはなかった。そこには、小さく含んだ微笑みすらあるような気がした。
「そうかな、わたしにはただのバカにしか見えないが。」
そう答えたカガリの声にも、虚ろな響きは一切なかった。
「ええ、そうですわね。立派なおバカさんですわ。」
「…ラクスにまで言われるとはな。」
ふふっと笑って、カガリはアスランを見た。そこにも、穏やかな笑顔があった。確かに昨日まではなかった微笑みが。
「でも、」
そう言葉を切ったラクスはちょっと微笑んで二人を見下ろしながら続けた。
「そんな風に何も考えられなくなるくらいキラの事しか考えなくなるアスランは、わたくしたちよりも、よっぽど賢明な道を選んだのだと思いますわ。」
「…そうだな。」
カガリは、ほんの少しだけ悲しそうに、そして少し呆れたように微笑んだ。
「ここがわたくしたちのバランス・ポイントなんですわね。」
ぽつりと小さくつぶやいたラクスの声は、カガリの耳に少しの間残り、そして消えた。
「バランス・ポイント…」
「ええ、わたくしたち皆の。ここを少しでも、何かがどこかに動いたら、一瞬で崩れ落ちますわ。キラが死んでも、アスランが死んでも、お二人ともが助かっても。わくしたちは知らぬふりをしなければなりませんわ。何も知らないのです、何も。」
「そうかもしれないな、ラクス。でも、少しだけ、・・・やっぱり苦しいよ。」
それは唯一、カガリの発した真実の声だったのかもしれなかった。
「これであなたは永遠のアスランを、もしくはキラを。わたくしは永遠のキラを。そしてキラはアスランを、アスランはキラを手に入れましたわ。これ以上、何を望むと言うのです?」
「いいや、何も望まないよ。これ以上は・・・さ。」
ラクスの言っていることは正しく聞こえた。そして最も間違っているようにも聞こえた。カガリの感情は行き場もなく、キラとアスランは救われることはなかった。それでも、誰しもがこれでいいと、そう思っていた。ここに、キラが生きているから。
「Phase
period」に続く。 |