Phase LACUS

 

「記憶の中でなら会えるって言うんなら、永遠に僕を眠らせて。」
朝まだ早い時間、キラは突然誰に言うでもなくこう口にした。そこにはラクスが一人で座っていた。ラクスは、はっとしてキラを見た。キラの目は、あの時のアスランと全く同じ光を湛えていた。
「夢も見ない眠りがほしい。そこでアスランに会えるなら。」
「あなたも、同じことを言うのですわね、キラ。」
悲しそうな声が、一瞬だけラクスの口から漏れ出ていた。それは、身を切られるような切ない声だった。
「え?」
「なんでもありませんわ。でも、少しお時間をいただけませんか?」
「うん、いつまでも待つよ。いつまでも、ここで。アスランの側で。」
そう言ったキラの顔は穏やかで、そして固すぎる決意を秘めていた。ラクスは目をそらし、そして去っていった。キラは、その後ろ姿を顧みる事はもうなかった。
 

 

 ラクスがカガリからもらった答えは、前と全く同じだった。通信で一言、こうあった。
『キラを、眠らせてやってくれ。お前のためじゃなく、もちろんわたしのためじゃない。ただ、キラのために。いいや、これもまた、わたしの我が侭だな。分かってる。でも、わたしにはこうする他、どうする事もできない事だって分かってる。だから、キラをよろしく頼む。…それからアスランも、これからも、ずっと。』

   

 ラクスに言った通り、キラはぴくりとも動かずに、夕暮れまでアスランの枕元に座っていた。そしてラクスが入ってきたのを知って、少しだけ顔を動かしてラクスを見た。
「答えは、もらえた?」
キラの瞳は、まるで全て知っているかのような光を湛えていた。それゆえ、ラクスはそれを包み込むように微笑んだ。
「ええ。あなたにも、アスランと同じように眠りに就けるお薬を差し上げますわ。そうすれば、もしかしたら、アスランに会えるかもしれませんわ。」
ラクスの言い回しは、少しおかしかった。『同じように』、それは何を意味しているのか、キラは考える力を今や放棄していた。だから、今のキラにはそんな事は関係なかった。ただ、そこにラクスがいて、ここにアスランがいる。ただ、それだけだった。
「ありがとう、ラクス。君には、本当に感謝してる。」
キラはそうして、微かに笑った。
「キラっ…!」
思わず瞳から涙が溢れ出したラクスは、キラの身体を抱き締めた。こうなる事は、覚悟していたはずだった。この優しい声が、この想いが、この場からなくなる事を、分かっていたはずだった。それなのに、ラクスは頬を伝う涙を止める事ができなかった。これが確かに自分もキラも望んだ道だったはずなのに。これが、最も傷つかずにすむ方法だったはずなのに。そしてキラは、ラクスをそっと抱き返し、その美しい髪を優しく撫でた。
「ごめんね、ラクス。でも、僕は…。」
一呼吸おいて、キラは言った。
「ラクス、聞いて。僕は、君の手にかかって永遠に眠ると言うなら、それで幸せだよ。カガリは、僕の事を許さないかもしれないけど。ああ、でも、答えを君にくれたんでしょう?それに、これは僕の望んだ事。君は僕を助けてくれた。そして、赦してくれた。ただ、それだけ。僕は、誰かの赦しがほしかっただけなのかもしれない。君の助けが。だから、泣かないで、ラクス。ごめんね、僕は、君を泣かせてばかりだ…。君の心を、苦しめてばかりだ…。ごめん、ごめんね…。」
そうしてキラはゆっくりと目を閉じた。

 

アスランの隣に自分の身体を寄せ、その手をそっと取り、キラは目を閉じていた。
「もう、はじめのお薬が効いているのですわね。」
ラクスはキラの顔を見て、少しだけ戸惑った。こんな安らかなキラの顔を、ラクスは今まで見たことがなかった。これが眠りに就こうとしている者の顔なのだろうか、楽園に行く者の顔なのではないか。ラクスの頭に、今考えても仕方のないことばかりが浮かんで、そして消えていった。それでも、アスランと同じ薬をキラに投与する瞬間、ラクスは躊躇しなかった。
「もう、わたくしのキラですわ。誰にも、渡さない。」
ラクスの呟きは、誰にも聞かれる事なく、彼女一人の胸の中に静かに沈められた。

「Phase LACUS with CAGALLI」に続く。