Phase CAGALLI with LACUS

 

「ひとつだけ、方法がありますわ。」
そう言うと、ラクスはにっこりと微笑んだ。
 

 ラクスから呼び出されたカガリは、海辺の家の一室に座っていた。そしてラクスは何も言わなかった。それは、少しだけ躊躇しているようにも、カガリの口から何かを確信したいかのようにも見えた。だが、ラクスの真意はカガリには分からず、ただカガリは今思った事だけを口にしていた。抜け殻のようになってしまったキラを、時折何かを思い出したかのように眉を寄せていたかと思うと急に倒れるキラを、これ以上見ていられないとラクスに話したカガリに、ラクスは医師から聞かされた話をした。その衝撃で顔色を失ったカガリに、ラクスは静かにそう言った。
「ひとつだけ、方法がありますわ。」
「え…!それは、どうすれば…どうすればいい?!」
ガタンと椅子を後ろに倒したのにも気がつかないように、思わず立ち上がったカガリが叫んだ。一瞬、世界の音と光が遠のいた。しかしぐっと地に足をつけ、カガリはまっすぐにラクスを見た。その瞳は期待と喜びと一縷の望みに縋る光を帯びていた。しかしラクスの目は暗く、そして深い色は計り知れない闇を含んでいた。部屋の中はもう薄暗くなりかけており、最後の夕日が今にもこの部屋から光を奪わんとしていた。
「キラにも、アスランと同じことをするのですわ。」
小さくそう言い、視線を少しだけ落としたラクスはそれでもはっきりとそう言った。
「…なんだって?」
中途半端に腰を浮かしたまま、カガリはラクスの言葉の意味を頭の中で必死に繰り返した。『同じこと』、それはどういう事か、カガリは一瞬で分かったはずだった。それでもカガリの中の何かがそれを否定していた。そんなはずはない、ラクスがそんなことを言うはずがないと。しかしそんな思いは次のラクスの言葉で粉々に砕けた。
「ですから、キラも、アスランと同じように眠らせてさしあげるのですわ。」
「そんな!」
怒りに染め替えられた目でカガリはラクスを睨んだ。
「そんな馬鹿な!やめろよラクス!そんなこと…そんなことするなんて、冗談でも言うな!」
そう言い放ったカガリは、思わずラクスの頬を叩きそうになって、ぐっと手を握り締めた。そしてそのまま腕をゆっくりと自分の意思に反して動かぬよう、それを押さえるように身体の横に下ろした。
「冗談で、このような事、わたくしは言いませんわ、カガリさん。」
今度はカガリの目を真っ直ぐに見つめ、ラクスは強い声で言った。
「でも、何で!」
今度は泣きそうな顔になってカガリがラクスに取りすがるように言った。いつかはこうなるかもしれない事を、予感していた自分がそこにいた。ラクスがキラを眠らせるか、キラの身体が心に負けて自ら死を選ぶか、そのどちらかという終着点がそこにはあるのだと、カガリはずっと前から知っていた気がした。それでもカガリは、震える声を抑えることができなかった。
「どうして…どうして、そんなこと!アスランだって、もしかしたら目を覚ます可能性はあるかもしれないって、お前、言ったじゃないか!それにラクス、お前…、キラのことが好きじゃないのか?!」
「ええ、好きですわ。」
ラクスの声には迷いはなかった。ただ、そこには決意があるだけだった。
「キラのことが好きで好きで、気が狂いそうなのですわ…。あなたにも、お分かりでしょう?もう、こんなキラの姿を見たくないのです。そしてわたくしはまだ、キラを失いたくありませんわ。キラを、死なせるわけにはいきません。」
「…!」
ぐっと言葉を飲み込んだカガリが、激しく視線をラクスからそむけた。
「こんなになるまでにアスランを想い続けるキラの姿を、わたくしはこれ以上見ていられません。あなたは違いますの?カガリさん。こんなにアスランを、そしてキラを、これ以上ご自分の心から離すことができまして?わたくしにはできませんわ。もう、キラの中にはわたくしの姿は影のようにしかありませんの。いつかのわたくしの姿はキラの中で遠くに行ってしまいました。」
ラクスは、膝の上に置いたその細く白い手を血が滲むほどに握り締めていた。
「今、キラの中にはアスランしかいません。生きる気力も何もかも、全てアスランに注ぎ込んでいるかのようですわ。わたくしたちがそうした事が、キラの心を壊してしまったのです。キラとアスランを守ろうとしたはずだったのに、それはどこかで間違ってしまったのです。いいえ、はじめから間違っていたのかもしれませんわね。キラが倒れるの原因は、自分の記憶と、論理だった時間軸の狂いを自らが認めたくないがため、というのはもうご存知ですわね?キラはまだ、アスランが自分をかばってこんな風になってしまったと思い込んでいる。いいえ、心のどこかでは何かがそれを必死に否定しているのですわ。でも、キラは優しい方ですから…わたくしと、そしてあなたを守るために、思い出せないように身体のどこかに歯止めをかけてしまっているのかもしれません。そしてそれゆえに、どんどん状態は酷くなる…。今はもう、キラの免疫力は、外に出て無事に帰ってこられるだけもありません。わたくしは、そんなキラを見ていられません。それならばいっそ、眠らせてさしあげたい…。」
「…っ…」
カガリは何も言えず、唇をかみ締め、その端から鮮やかすぎる血が一筋流れた。それはまるで、身体が流した涙のようだった。
「このままアスランだけにキラの全てが持っていかれる前に、わたくしは、キラを手に入れたい。」
はっと、カガリが視線をラクスに戻した。
「お前…それは…」
「キラが自らの命を絶つよりは、想い続けるために眠らせたい…。わたくしは、もうずっとそんな事を考えていましたの…。カガリさん、あなたがどう思おうと。ですが、あなたがわたくしを殺してでもそれを止めようと言うのならば、わたくしはあなたに黙って殺されますわ。そうされない限り、わたくしは今言った事を実行します。キラを、キラの心がまだわたくしたちのところに少しでもあるうちに。ですから、わたくしは…」
そう言ったラクスの瞳には涙が滲んでいたが、その長い睫に遮られて零れ落ちる事はなかった。
「…もう、何も言わないでくれ、ラクス。」
ラクスが次の言葉を継ぐ前に、カガリが低くそう呟いた。その瞳には、もう何も映っていないかのような暗闇が潜んでいた。
「少しだけ、考えさせてくれ…。明日の朝には答えを出す。もう、それ以上考えるのは意味すらないから。分かっているから。」
そう言ったカガリは、音も立てずに立ち上がり、そしてふらっと部屋を出て行った。
「ええ…」
ラクスの応えは、いつの間にか暗闇に浸っていた部屋に吸い込まれ、そして消えていった。
 

「Phase LACUS 」に続く。