Phase
KIRA
「アスラン?アスラン!?」
信じられないほど長い眠りから目を開けたキラが最初に言った言葉はそれだった。その声にはっとしたカガリとラクスが、喜びのような、後悔のような、哀れみのような複雑な表情をする間もなかった。キラはそのまだ動かない身体を無理やり起こして、隣に眠るアスランを見た。
「アスランっ!」
慌ててキラに駆け寄ったカガリがその背を支え、どうにかキラは座る事ができた。それでもキラは力の入らない腕をアスランに伸ばしてその襟元を掴んだ。
「アスラン?アスランっ!君、どうしちゃったんだよ!?何?一体どうなってるの!?僕、僕…生きてるよね。どうして?どうしてなの、ねえ、アスラン、目を開けてよ!」
あれからどれくらい経ったのか、分からなかった。あの日から、カガリはここに来るようになった。キラとアスランが眠る、この海辺の部屋に。キラだけが眠るその時は、たった一度だけ訪れただけだった、この部屋に。今は静かに、ラクスとただ二人で、本当に静かに時を過ごすのがカガリの日課になっていた。カガリは思っていた。こんなのは自分らしくないと。だが、そんな思いは二人への想いに比べたら一息で吹き飛ぶような、そんな些細な事だった。だから、今日もカガリはここにいた。羽の直ったトリィを肩に乗せて。そして黙って編み物をするラクスと一緒にいた。そこに、もう二度と聞こえないと覚悟を決めていた声が響いたのだった。
「ねえ、カガリ!僕はどうして生きてるの?ねえっ!答えてよ!どうしてアスランは目を覚まさないの?ねえってば!僕は、僕は死んでるはずなのに!」
その声は、とても何ヶ月も眠り続けていた者の言葉ではなかった。キラはまるで、昨日撃たれたかのように、いや、何事もなかったかのように、そう叫んだ。
「キラ…」
言うべき言葉が見つからず、カガリはぼろぼろ溢れる涙をぬぐいもせずにキラの肩を抱く腕に力を込めた。取り乱したキラは、まだアスランを揺さ振り、カガリは必死に止めようとした。ラクスは、ただ黙って、悲しそうにキラを見た。
「キラ、おはようございます。ご気分はいかが?」
静かなラクスの声が、キラの耳に届いた。はっと、今までカガリの腕から逃れようと抵抗していたキラが目をあげた。
「…ラクス…、君なら、何か言ってくれるよね?僕はどうしてここにいるの?どうしてアスランは眠っているの?どうして、どうして僕は…!」
半狂乱になるキラにそっと近づき、ラクスはその手をそっと取った。
「キラ、落ち着いて。わたくしの話を聞けますか?」
その音の静かさに、キラはふっと力を抜いてカガリにもたれかかった。
「キラ…大丈夫だから。ちゃんとラクスの話を聞け、いいな?」
そう言ったカガリの言葉も、カガリが自分で思ったよりもずっと静かだった。その音に安心したかのように、キラは大きく息を吸った。少しだけ、肺が痛んだ。
「うん、全部話して。僕は、大丈夫だから。」
「ええ、分かりましたわ。」
ラクスの話は、今のキラにはごく単純で、当たり前のように聞こえた。それはどこか甘く、どこか歪んでいて、どこか現実離れして聞こえた。ラクスは言った。アスランはキラを庇い、そしてキラの代わりに撃たれたのだと。しかし一命だけは取り留め、今はただ眠っているだけだと。ただし、目を覚ます可能性はとても少ないのだと。キラは、その話を聞きながら、心のどこかで何かが叫んでいるのが聞こえるような気がした。『違う、違う!』と。しかし、この状況はそう信じるより他なかった。他に、こうなっている事に説明がつかないのだった。だがそれはあまりに当たり前すぎて、キラは少し頭が痛んだ。
「ラクス、もう疲れた…」
「ええ、分かっていますわ。どうか、今日はゆっくりお休みになって。そしてまた明日、元気なお顔を見せてくださいね。」
そうにっこりと微笑むラクスの目と、自分の肩を抱くカガリの温かさに、キラはまた急速に眠りに落ちていった。
また目覚めないのではないかというカガリの心配にも関わらず、次の朝キラは目を覚ました。
「おはよう、キラ。大丈夫か?」
そう言って、少し疲れた様子のカガリがキラを覗き込んだ。
「カガリ…」
キラは思った。
『どうしてカガリはこんなに疲れているのだろう?』
と。そして、思いたった。
『そっか、アスランが眠っているから。僕の代わりに、アスランが撃たれてしまったから。』
そう思うと、寝転んだままのキラの瞳に涙が溢れてきた。目の前のカガリの顔がぼやけ、キラはぽろぽろと涙を零して謝った。
「ごめん、ごめんねカガリ…、僕、僕が撃たれるべきだったのに…。君の大切なアスランが、こんな事になって…。本当に、本当に…」
それはまるで、心の底から絞り出しているような、苦しい声だった。カガリには、何も言えなかった。言えるはずもなかった。カガリは共犯なのだから。このようになるとは思ってもみなかったが、紛れもなくこれはカガリも望んでこうした事態だったから。だからカガリは、ぎっと奥歯をかみ締め、そしてキラの涙を拭き、そして身体を起こしてやった。
「大丈夫だから、お前も、アスランも…」
ようやくそう言った言葉が震えていないか、カガリはそれだけが怖かった。
一声、耳に残る鳴き声が聞こえた。
『トリィ』
「え…?」
それは、ふわりと飛んできた緑色のマイクロユニットだった。その色は、今は開かれる事のないアスランの瞳の色と同じだった。それはついとカガリの肩にとまり、そして首をかしげてキラを見た後、キラの手に飛び移った。
「トリィ、直ってる…?」
キラの揺れた瞳が、トリィを見ていた。カガリがはっとする間もなく、キラは徐々に目覚めていった。
「どうして…。トリィは、確かに僕の肩にいた。あの時。僕は見ていたはず。トリィの片羽が、何かで壊されたんだ…。トリィが!そう思ったちょうどその時に、僕の意識もなくなってた。そうだ、あの時、僕が撃たれたはずだった。アスランも、カガリも、ラクスも間に合わない。僕はそうあの瞬間、思ったはずだった。」
ばっと、キラがアスランを見た。その瞳は開けられることなく、ただ静かに眠るアスランがそこにいた。
「でも、僕はここにいる。アスランは…、アスランの顔に傷がない…。ガラスは、砕けたはずだった。僕も、アスランも、あの場所に立っていたから破片を顔中に浴びたはずだった。でも、傷はない。でも、アスランは…」
キラの思考回路は、そこで急に寸断されたように止まり、代わりに激しい頭痛と吐き気がキラを襲った。それは、自分の心を守るためのキラの自己防衛だったのかもしれなかった。ぐらっと世界が揺れ、キラは後ろに再び倒れた。
「キラ!キラ!?」
そう自分の耳元で叫ぶカガリの声も、だんだん遠くなり、そしてキラには何も聞こえなくなった。
「Phase KIRA with
CAGALLI and LACUS」に続く。 |