Phase
ATHRUN with CAGALLI
キラは海辺の家でただ眠り続け、カガリはオーブ行政府で代表首長として働き通していた。それはまるで、キラの事を思い出す時間が来るのが怖いように、自分の身体を省みない働き方であった。周りの人間がどう言おうと、カガリは仕事に熱中していった。そしてアスランは、そんなカガリの補佐兼ブレインとして活動していた。カガリの仕事にはアスランは欠かせない存在だった。アスランは自分の近くから離せない。それはカガリにも分かっている事だった。それに、アスランと今は離れたくない、そうカガリが思う気持ちにも偽りはなかった。しかしそれでもカガリは辛かった。アスランを見ていると、その側に微笑むキラを思い出してしまうが故に。
「なあ、お前。」
執務室で大量の書類に囲まれながら、カガリがぼそっとアスランに話しかけた。同じく大量の書類とコンピューターの画面の向こうから、少し首をかしげてアスランがカガリを見た。その肩には片羽の壊れた緑のマイクロユニット。可愛らしく肩の上でアスランと同じように首をかしげていた。カガリはそれと目を合わせないようにして、もう一度口を開いた。
「なあ、アスラン。それ、今度から置いてきてくれないか。」
カガリは無駄口を叩かないひとだった。たまには愚痴もこぼそうとするが、それは必ず決まって仕事が全部片付いてから、もしくは始める前だった。故に仕事中に話しかけられ、アスランは多少戸惑った。カガリのこれから言う言葉が、よっぽど大切な事のように感じられるのに、カガリの口調があまりにいつもどおりだったからだ。
「え、何を…」
「だから、その鳥をだよ!」
突然、カガリが膝の上に乗せていた書類の事など忘れたかのように、机を叩いて立ち上がった。びっくりしたのはアスランだった。カガリが何を言っているのか、いまひとつ分からなかった。カガリの口調はほとんど怒鳴っていると言ってもいいくらいに激しいのに、その瞳が酷く悲しそうだったからだ。
「なあ、お願いだよ、アスラン。それ、お前の肩にいるとな、わたしは何だか、もう気が散って仕方ないんだ。」
ひとつだけ深呼吸をして、アスランがカガリから視線をはずして言った。
「気が散るんじゃないだろう、カガリ。」
「分かってる!分かってるからそんな事言わせるな!殴られたいのか、お前は!」
「…すまない。」
アスランがそう言うと、カガリはようやく部屋中に飛び散らかった書類に気がついて、ため息を一つ付いて椅子に座った。そしてアスランを真っ直ぐに見つめて言った。
「それは、元はお前のものかもしれない。でもな、わたしはキラに会った時からずっと、それはキラのものだったんだ。わたしの中に、それはキラといつも一緒にいるのが当たり前のものになっているんだ。それが、そこにいると…、まるでそこにキラがいるみたいじゃないか!キラは…キラは…」
ぼろっと、カガリの瞳から大粒の涙が溢れた。声は少しだけ震えていたが、それでも凛とした張りのある、強い声だった。
「キラは、まだ眠っているんだから。それは、まだキラのものだろう?それは、まだお前のものじゃないだろう?わたしは何か間違っている事を言っているか?」
「…いいや、これはキラのものだよ。俺のじゃない。でも、ここに来てしまうんだ。お前の持ち主は、そこにいると言っても。」
うつむいたままアスランがそう言うと、カガリは顔を覆って肩を震わせた。
「じゃあ、もういっそ電源でも何でも切ってくれ!わたしはおかしくなりそうだ!」
カガリは、自分でもそのマイクロユニットに対して相当酷い事を言っているのは分かっていた。それでも、一度口から出た言葉は止める事はできなかった。
「お前が、お前がここにいてくれるのは、すごく嬉しいはずなのに、ずっと誰かにここにいてほしいのに、お前はそれを叶えてくれているのに、わたしはお前を見るたびに痛い思いをしなければならないんだ。その、そいつのせいで。だってそいつ、まだ羽が折れてるじゃないか…、まだ、飛べないじゃないか。まるであの瞬間がいつまでもいつまでもそこにあるみたいなんだ!わたしはもう、忘れたいんだ!何もかも!」
苦しそうに、アスランが眉を歪めた。
「でも!忘れられないんだ!どんなに仕事をやっても、忙しくて他の事に気を取られても、キラのことばかりが頭をいっぱいにしているんだ。お前の事じゃない、キラの事だ。…ごめん、酷い事を言ってるって、分かってる。でも、どうにもならないんだ…!あんなに自由だった翼が、こいつからもなくなってしまったのかと思うと、今はもうあの瞬間から先はもう飛べないのかと思うと。これを肩にのせているキラはもうここにはいないと!それを、見るたびに考えてしまうんだ!だから…」
ひっ、と痙攣したように息を吸い上げるカガリに、アスランはそっと近づいた。
「ごめん…。俺、何も気がつかなくて。いつも君にそんな顔をさせてるな…。本当に、いつも、いつも。もう二度と、こいつは君の前には見せない。キラと一緒に、いつかキラが目覚める日まで、眠らせておくよ。だから、カガリ。泣かないでくれ…」
アスランはその肩をそっと抱いた。それにしがみつくように、カガリは泣き続けた。声をあげ、子供のように泣いた。
泣き続けるカガリの背を、そっと母のように撫でながら、アスランの瞳はどこか遠くを見ていた。
「キラと、一緒に…、一緒に眠らせておく…」
そうつぶやいた声は、カガリにも届く事はなかった。
「Phase KIRA」に続く。 |