Phase period

 

僕の中の何かが覚えている事がいくつかあった。

カガリが、僕の枕元で泣いているのを、僕はどこかで見たはずだった。確かに、僕の側でこう言ったんだ。
『どうして…!どうしてお前までこんなことにっ…!』
って。僕の身体を見て、その手を取って、感じられないというのに、ああ、きっと痛いんだろうなってくらい強い力で僕の手を握り締めて。そうしてカガリは崩れるように泣いていたんだ。手を伸ばして、そっとその髪を撫でてあげたかった。ああ、カガリが泣いてるって、僕は確かに思ったんだ。あんな強いカガリが。あんなに僕を叱ってくれた優しいカガリが。僕は心がとっても痛かったけど、それでもその見た風景は、何かに混ざっていつの間にかどこかに行ってしまった。

 

 ラクスが、僕の頬を撫でたのも覚えていた。そっとその白くて、やわらかくて、ほんの少しだけ冷たい手が。その手は震えていたような気がした。なぜだろう、ラクスの目は見れないのに、零れる雫は見れないというのに、僕はラクスが泣いているように思えた。誰にも知られず、誰にも話さず、ラクスは一人で僕の前で泣いていたように思えた。ラクスは何も言わなかった。優しいラクスはきっと、僕を見て、心を痛めてくれているような気がした。涙を誰にも見せずに、心の中だけで泣いてくれているような気がした。それだけで僕はなんだか嬉しくなって、ラクスって呼びかけたかった。その張り詰めた心を少しでも楽にさせてあげたかった。それなのにその場面は、靄がかかったように薄れ、そして消えてしまった。

 

 僕が寝ているその側にはアスランがいたのを僕は覚えていた。そしてアスランが、僕の髪をそっと目の上から払ってくれていた。
アスランはずっと、
『キラ、キラ。』
って僕の事を呼んでいた気がした。その手元には、片羽が壊れたトリィがいた。アスランはトリィを直す道具をたくさん僕の周りに広げていた。そしてまるで僕と話しているように、どこか楽しそうに、とっても悲しそうに僕に話しかけ続けていた。
『なあ、キラ。もうすぐトリィはちゃんと直るよ。心配するなよ、そんな顔して。大丈夫、俺が直してあげるから。泣くなよな、キラ。お前に泣かれると、俺どうしたらいいか分かんないだろ?』
って。そんな景色は急に僕の前から遠ざかり、それから、こんな声も聞こえた。
『どうしてお前が撃たれなくちゃならなかったんだ?俺があと少し早く動けていたら…』
って。

 

どういう事なんだろう。ラクスは言っていた。『アスランはキラを庇って撃たれた』って。でも、アスランは今、言ってなかった?僕が撃たれたって。じゃあ今はどこ?今はいつ?誰が生きていて、誰が本当の事を言っているの?僕は生きてるの?アスランは?そう思ったら、急に怖くなって、僕の周りの世界が急激に僕の回りに押し寄せてきて、僕はつぶれそうになった。そしたら、声が聞こえた。あの、懐かしい声が。あの甘い、君の声が。
『キラ…!』
急に、縮小していた世界が崩れていった。そこには光と、僕と、そしてアスランだけがいた。ああ、この手を取らなきゃ。この声に答えなきゃ。君の事を呼ばなくちゃ。
『アスラン!』
ほら、君の笑っている顔が見える。優しい目が僕だけを見てる。僕も、同じように笑えている?また泣いてない?君に心配をかけないように。

 

どちらが夢なのか、どちらが現実なのか、もうキラには分からなかった。でも、それでもよかった。キラにはもう、どちらでもよかった。アスランと共に、静かに眠れるのならば。アスランと、もうこれで二度と、離れる事はないのだから…

 

「なあ、ラクス。」
「なんですの?」
キラとアスランの二つ並んだベッドの脇で座っていたラクスが、ふと顔を上げた。その膝にはハロと編みかけのベッドカバーがあった。そしてその視線の先には、肩にトリィを止まらせたカガリがいた。ラクスはカガリを見て、にっこりと微笑んだ。
「キラが、笑ってる…」
カガリの目は、どこか優しくて、そして寂しそうだった。
「ええ、幸せそうですわね。…そしてアスランも。」
ラクスの目は、どこか悲しくて、そしてここではないどこかを見ているようだった。
「これでよかったんだよな。」
「どうなのでしょうね。わたくしには、分かりませんわ。でも…」
一度言葉を切り、ラクスがハロをポンポンと叩いた。
「本当に、幸せそうですわ。」
「ああ、そうだな。」
もうそれ以上、カガリもラクスも言葉にしなかった。ただ、そこにキラとアスランの微笑がある事で、それだけで良かった。もう、それ以上何も望むべきものはなかった。
 

おわり