夜の窓  

多分アルミンも分かっていないのだろう。なぜ互いに肌を重ねるのか。ジャンは思った。カーテンの隙間から、まだ暗い窓の外を見ていた。ああ、黒だ。マルコの髪と同じ色の。ジャンは思った。
(…会いてぇな)
溜息と共に言葉が漏れそうになり、ジャンは口を手で塞いだ。さっきまでアルミンの体を触っていたその手で。もうマルコはいない。そんな事はとっくの昔に分かっていた。多分自分は他人と比べてもかなりの現実主義者なのだろう。事実を捉える事をジャンの脳が拒んだ事はなかった。ならばなぜ、マルコを思い出す度にアルミンの部屋に来てしまうのか、ジャンはずっとその事を考えていた。

 

アルミン・アルレルトが体を起こした気配を察してジャンはベッドを振り向いた。そこにいたのは濃いハニーブロンドに透き通る深い碧眼、自分より随分と小柄な人物だ。黒髪にそばかす、自分と同じような体格のマルコとは全く異なっていた。
「…悪ぃ、起こしたか?」
「いや…起きてたよ」
暗闇の中で、妙に熱に浮いた声が二つ響いた。ジャンは自分の声に驚いた。なぜ、アルミンにこんな声で言葉をかけるのかと。それはもう、何度も自分に問いかけた言葉だった。最初に、アルミンを抱いた時から。
「そこらを一周して部屋に戻る。じゃあな…」
「うん、また午後の訓練でね…ジャン」
まるで音を立てる事が罪であるかのように、ジャンは静かにドアを開けた。一歩外に踏み出せば、そこにはわずかと言えど光があるのに、何度も何度も暗闇の中に沈む金髪に手を伸ばす自分に頭をそっと振った。

 

 アルミンは夜には眠れないと言った。それは自分がいるからではないかと思い、朝まで共にいる事は決してなかった。アルミンが想う彼に、自分は成り変わる事はできないから。そんな、アルミンのためだとでも言うような思考に陥りそうになり、ジャンはもう一度頭を振った。アルミンのせいではない。これは自分のために夜のうちに部屋を出るのだ。まだ、体に熱を宿したアルミンを残して。考えているうちに分からなくなっていた。マルコを思い出すからアルミンを抱くのか、アルミンがいるからマルコを思い出すのか。自分が欲しいのはマルコの言葉だったのか。それともマルコの参謀としての適性か。参謀としてのアルミンはこれ以上ないほど魅力的だ。だから似ても似つかぬ容姿のアルミンを自分のものにしたいのか。ジャンは微かに頭が痛むのを感じた。違う。それだけは、信じていたかった。

 

 自分の部屋に戻るとそこはまだ暗く、何の匂いも感じなかった。乱れのないベッドに腰を落として上着を脱ぐと、アルミンの肌の密やかな匂いが鼻を掠めた。膨大な安堵と共に、微かな吐き気がした。

アルミン、お前は何を思って俺に抱かれてる?

ジャンは目を伏せ、また下半身の熱がぶり返している事を知った。あれだけアルミンを乱れさせ、体内に注ぎ込んだ直後だと言うのに。好悪の感情はなかった。ただ、興奮する体が命ずるままに衣服をはだけ、熱を解放した。汚れた手を拭う事もせず、ジャンは倒れるようにベッドに体を横たえた。忘れていた眠気がやっと眼を覚まし、ジャンは目を閉じた。朝日が昇るまで、あと少しだった。

 

おわり