新次郎の手紙
前略、一郎叔父さん ぼくは今、紐育マンハッタンのアパートで手紙を書いています。今まで色々ありましたが、やっと最近落ち着いてきたので、こうして一郎叔父さんにもご報告をと思い、筆をとりました。ここは華撃団の本拠地でありぼくの仕事場でもあるリトルリップ・シアターに近く、また星組のみんなの家も近い場所で、図書館やカフェもすぐ近所にあって快適です。こうして書いてみると、なんだか、一郎叔父さんが巴里にいらした頃にぼくに下さった手紙みたいですね。それを思うと、憧れていた一郎叔父さんに少しだけ近づけたみたいでちょっとくすぐったい感じがします。ぼくもシアターでモギリの仕事をしているのですが、それにも慣れてきて、一郎叔父さんの苦労と楽しみが分かったような気がします。もちろん、華撃団の隊長見習いとして日々精進し、剣術の稽古も毎日欠かさず励んでいます。そしていつの日か、でっかい男になってみせます! さて、今回こうして手紙にしたためてまで一郎叔父さんに聞いてもらいたかったことがひとつあります。それは、星組のみんなのことです。以前、一郎叔父さんが帝都と巴里の花組のみなさんのことで、ぼくに――個性が強くて彼女たちと平穏に暮らすのは大変だよ、ハハハ――と、ちらっとこぼしていらっしゃいましたが、その言葉が、今まさにぼくの頭の中を占めている悩み事と同じような気がします。何と言うか、星組のみんなはぼくが困ってしまうほど個性的なのです。一郎叔父さんと同じように、今までぼくはずっと海軍にいて、ほとんど外の世界の人たちと接する機会がありませんでした。だから余計にこんなことを思ってしまうのかもしれません。ですから、他の国の考え方も学ばねばならないと、一郎叔父さんが常々おっしゃっていた意味が本当の意味で理解できました。でもやっぱり、ぼくみたいにこんな未熟な思いを、一郎叔父さんがしていたとは到底思えないです。それでは、最近あったことなどを書き連ねてみました。どんなことでも構いません、ご意見を頂けたら嬉しく思います。
ジェミニの妄想 まず、ジェミニを紹介します。彼女はテキサス育ちのカウガールで、とても一生懸命な女の子です。見ていてこちらも頑張らなきゃと思わせる何かがあります。そんなジェミニですが、ひとつ困ったことがあります。それは、何かにつけて日本の時代劇風な妄想をすることです。ジェミニの日本かぶれは、サニーサイドさんといい勝負かもしれません。それはもう、食事中、戦闘中を問わず、一瞬であっちの世界に飛んでいってしまいます。たとえばこの前、昴さんとぼくとジェミニでカフェに立ち寄った時に、こんな事を言っていました。 「昴さんと新次郎ってさ!ふたり並ぶとサムライと姫だよね!ああ!もう素敵!――『姫、姫だけでもお逃げ下され。ここは拙者が何としてでも死守いたす。』『何を言うのですか。わらわはおぬしと共でない命など、一欠けらも要りはしませぬ。』『姫こそなんたることを!吾が一族は先祖代々よりこの家に仕えた身。拙者、このような処で姫を亡くす訳にはいかないのでござる。さあ、お早く!』『嫌です。』『なりませぬ!姫、拙者のために、どうか御行き下され!』『ああ、なんという献身。わらわはそなたを忘れはしませぬ。尼となりて、静かにそなたを偲びましょう。』なんちて、なんちて。きゃーっ!」 …その時のジェミニは、片手に冷めかけたポテト、もう片手に握り締められて、既に食べ物ではなくなったホットドックを持っていました。そしてミルクを飲みかけていたぼくの背を容赦なくバシバシと叩き、その後机もバンバン叩いて興奮していました。そのおかげでぼくはミルクを吹き出し、机の上にあった昴さんのコーヒーは少しこぼれてしまいました。昴さんはしょうがないなという顔で少し微笑み、ぼくのこぼしたミルクを拭いてくれました。むせ返って怒っているぼくとは違い、大人の表情でした。さすが昴さんです。いえ、むしろちょっと楽しそうでした。こんな時、一体ぼくはどんな反応をすればいいのでしょうか。いえ、それよりも、ジェミニの中でぼくはサムライなんでしょうか、姫なんでしょうか。それが一番気になります。
サジータさんの嫌いなもの 次に、サジータさんを紹介します。彼女はハーレム地区に法律事務所をかまえる敏腕弁護士さんです。冷静な判断力と知的な情熱があふれる素敵な大人の女性です。そんなサジータさんなのですが、色々困ることも引き起こしてくれます。まずぼくが着任してすぐは、ぼくのことを十歳やそこらの子供だと真剣に勘違いしていましたし、今でも時々子供扱いするんです。ぼくってそんなに子供っぽいでしょうか。あ、でも大道具部屋で一人きりで眠るのはとっても怖かったです…。それはさておき、サジータさんには我慢ができないほど嫌いなものがあります。それはは「インチキスーツとイヌ」だそうです。インチキスーツって、はじめなんのことだかぼくには分からなかったのですが、どうやらサニーサイドさんのことみたいです。ぼくにはスーツの良し悪しは分かりませんが、どちらかと言うと、スーツよりも眼鏡の方がインチキに見えます。あ、くれぐれもサニーサイドさんには内密にお願いします!ええと、話は変わり、いつも冷静に見えるサジータさんですが、イヌが絡むと人が変わります。ぼくが一郎叔父さんにもらった帝劇のフントの(しかも仔犬の頃の)写真をみんなに見せていたら、
リカのごはん 次に、リカを紹介します。リカはメキシコ出身の賞金稼ぎです。十一歳ですが、すごく銃の扱いが上手いです。いつも元気で明るい子です。そんなリカなのですが、ごはんが絡むとちょっと怖いことになります。リカはいつもノコというフェレットを連れているのですが、なんとそれはリカの非常食なんだそうです。ペットじゃないんです。それを聞いた時、ぼくはどうしようかと思いました。ちなみにノコは、リカの第一の子分らしいです。そしてリカいわく、ぼくが第二の子分みたいです。ということは、サジータさんに習った三段論法からいくと…ノコはリカの子分その一。ノコはリカの非常食。ぼくはリカの子分その二…ってことは、ぼくはリカの非常食のひとつになるのですが!どうしたらいいんでしょう!プラムさんに
ダイアナさんの土佐弁 次に、ダイアナさんを紹介します。ダイアナさんはとってもやさしい研修医さんです。紐育に来たばかりの頃は、よく元気付けてもらいました。いつもほほえみを絶やさない、でも芯は強い人です。そんなダイアナさんなのですが、ひとつだけ怖いところがあります。それは、時々ダイアナさんが叫んでいる言葉です。いつもは穏やかな、いえ穏やかすぎてみんなに突っ込みを入れられている言葉遣いなのですが、どうも興奮すると妙な言葉が出てくるようです。この前も、ぼくには何がダイアナさんを興奮させてしまったのか全く分からないのですが、こんなことがありました。サジータさんと昴さんとダイアナさんとぼくで、屋上でおしゃべりを楽しんでいた時でした。
昴さんのしつけ 最後に、昴さんを紹介します。昴さんについてぼくはまだ分からないことだらけなのですが、本当に素晴らしいひとだと言うことはできます。能や日本舞踊に長け、立ち居振る舞いは優雅で、ぼくも見とれてしまうほどです。傍目には分かりにくいですが心やさしく、知的で穏やかです。本当にこういうひとを、洗練されたとでも形容するのだと思います。そんな昴さんだからこそ、ぼくの未熟な振る舞いには厳しい面もあります。ある日、ぼくの好物が栗きんとんだと言ったのを覚えていてくれたのか、ちょうどホテルのシェフが作ってくれたものがあるから来いと、昴さんがホテルの自室に誘ってくれました。栗きんとんを久しぶりに食べられる事よりも、昴さんに誘われた事の方が嬉しくて、ぼくは喜んでお邪魔しました。ところが、何度来てもドキドキするのが昴さんのお部屋です。緊張のあまり、ぼくは一口で栗きんとんまるごと一つを食べてしまい、その結果当然のごとくそれをのどに詰まらせてしまいました。こほこほとむせて胸を叩いて苦しんでいるぼくに、昴さんは
露天風呂 シアターの屋上には、オーナーであるサニーサイドさんの趣味で、かなり立派な和風の露天風呂があります。そこはみんなと共用のお風呂なので、出撃の後などに、ぼくも使わせてもらっています。しかし何しろ共用ですので、思わぬ出来事も沢山起こってしまっています。例えば、鍛錬の後で汗を流そうとして入りかけたら、サニーサイドさんに「ニッポンで言うハダカノツキアイってやつだね!」などと言われて引きずり込まれたことがありました。サニーサイドさんは時々おかしな日本語を知っていたり、使っていたりしています。特に、変な時に使う「イッテラッシャイ!」という口癖が移りそうです。それから、なぜか一郎叔父さんの同僚の加山さんが入っていたこともあってびっくりしました。加山さんと言えば、ぼくはたまにROMANDOUというお店に行きます。そこは加山さんの、やる気があるのかないのか分からないお店です。ジェミニのお気に入りの、インチキなにおいのする日本グッズ専門店なのです。そこでは帝國歌劇団のみなさんのブロマイドが入荷しているんです。一郎叔父さんのことを思い出しながら、この前カンナさんとレニさんのブロマイドを買いました。あ、話がずれました。露天風呂のことに戻ります。一郎叔父さんも帝國劇場で大変な目にあったこともあると言ってらっしゃいましたが、ぼくも大いに赤面する場面に何度かあってしまいました。露天風呂は目隠しに周りをぐるりと竹垣で囲んであるのですが、この前、ちょっと壊れていたので、シアターの雑用も兼ねているぼくはそれを直そうと思いました。しかし、直している最中に突然物音がしたのです。はっと耳をすませると、それは昴さんでした。これはいけない!と思い、慌てて立ち去ろうとしたのですが、立ち上がった拍子に竹を縛っていた麻縄を足にひっかけてしまいました。そして直していた竹垣は見事にバラバラになり、ぼくは昴さんの色っぽい襦袢姿に遭遇してしまいました。心臓が飛び出るかと思いました。不慮の事故です!それでももちろん、後で昴さんにこっぴどくしかられました。やっぱりぼくにはしつけが必要みたいです。 と言う訳で、ぼくはこんな星組のみんなに囲まれて、ほんの少し、本当に時々だけですが、胃の痛い思いをしています。いえ、毎日とっても楽しくて、みんなと居られたらそれだけで幸せなのですが、それだけではない事が、同じような経験を豊富にお持ちの一郎叔父さんなら分かってもらえるのではないかな、と思います。でもきっと一郎叔父さんなら、これくらいハハハと笑ってすごせるのかなと思います。こんな些細なことで悩んでいるぼくはまだまだ未熟なのでしょうね。心身ともに、まだまだ鍛えるべきところが沢山あるようです。まだまだ日常に待っている驚くべきみんなの行動や言動は数え切れないほどあり、毎日それに追われるように暮らしていますが、一郎叔父さんに手紙を書くことで、少し気持ちが落ち着いてきました。これくらいのことでは動じないような、でっかい男になってみせます!それでは、一郎叔父さん、お元気で。 大河新次郎 後日談 軍事機密を書きすぎている新次郎の手紙は、当然の事ながらサニーサイドの目にとまり、多少の修正をされることとなった。新次郎は手紙から華撃団・隊長・戦闘などの言葉を消すことを要求され、それには素直に応じた。だが、星組メンバーについての部分を修正することにはがんとして反対をした。散々ごねた末に結局、加山が日本へ短期間戻る時に、直接大神指令に手渡すという一番外部に情報が漏れない確実なルートを取ることとなった。しかし、手紙を読んだ後に返信を加山にせっつかれた際、大神指令はこのようにぼやいていたと言う。 「ううっ、そんなこと言われてもなぁ。俺にどうしろって言うんだろう、新次郎…。風呂の事といい、彼女たちとの事といい、俺だっていまだに悩んでいるところなのに…。そうだろう、加山。でも返事を書かない訳にはいかないしな…。本気で困ったぞ…。」
おしまい |