Scene ---the
same as dreams---
「少しだけ
冒険をしました―――」
ビビの声はこの海の上まで響いていた。潮風と太陽の陽と,そしてこの国の砂が,よく似合う綺麗な声だった。凛とした響きがあった。心に秘めた決意があった―――。
「お別れを!!!言いに来たの!!!」
ゾロには分かっていた。ビビはきっと来ない。この国と生きて,この国で死んでいく。それがビビに託された未来だ。俺たちとは違う。そう,いくらルフィが呼んでも,小さな期待と想いを――恋とは呼べないとしても――
抱いても,あいつは来ない。それがきっと運命という奴だ。カルーと二人並んだ,泣きそうな王女をゾロはもう一度見た。・・・・・そしてルフィを。ルフィは分かっていないようだった。いや,分かっていない事を自分に語り聞かせているようだった。
「来ねェわけねェだろ!下りて探そう!!いるから!!」
ルフィは今までには信じられないほど必死だった。心の声が聞こえるから。きっと来ない。きっと・・・。それでも探したかった。優しさが,
欲しかった。そばにいて欲しかった。もう二度と会えない。そんな声も聞こえていたから。ゾロはそんなルフィを黙って見ていた。ずっと,何も言わず,ただその後ろ姿を見つめていた。胸が痛んだ。訳も無く,胸が痛んだ。ルフィが必死になればなるほど,ゾロはどうしようもない,行き場の無い想いを噛み締めていた。――俺がいるだろ?――どうしてもその一言が言えなかった・・・。
「・・・!?今
何て」
何かを失う者の顔だった。ゾロはそんなルフィを見た事は無かった。また,胸が痛んだ。ルフィがビビを見ているからじゃない。あいつに,ルフィに,あんな顔はさせたくなかった。あんな,辛そうな顔を。けれどビビの言葉はそんなゾロも,ルフィの表情さえ,一変させるほど心地良かった。
「この国を 愛してるから!!!」
晴れわたった青空に,吸い込まれることなく響いたその声は,乾いたこの国に雨が染み込み潤っていくように二人の心を癒してくれるようだった。ゾロはもう,言うべき言葉を持っていた。そして言うべき相手を知っていた。
「まったくいつまでもうじうじしてんじゃねぇ!」
船は沖に出,砂の国ははるか後方に消えかけようとしていた。それに気付いたルフィは,船尾に駆け寄り最後を見届けようとしていた。さっきまでとは違うけれど,それでもやはり寂しそうな顔をしていた。
「なんだよ〜淋しいだろ〜」
いつものように,まるでそれが当たり前であるかのようにルフィがゾロのほうを振り返った。少し文句を言いたげな顔をして,少し顔を傾け下から覗き込むようにしてゾロを見上げた。
「あいつにはあいつの道が有るんだろ、あいつはてめぇの見つけた道を進み始めたんだ!仲間なら笑って見送ってやるもんだろが。」
ゾロは言う言葉を捜しながら話していた。いつもならばこんな事は言わない。ただ黙っているだけで,言葉にはしなかった。ゾロはただルフィに伝えたかった。ビビの道,ルフィの道,ゾロの道。それぞれの道をルフィに笑って見送って欲しかった。そう,いつものように,笑って。見ている者を照らし出すような,眩しい笑顔で。
「でもよ〜、その内皆自分の道見つけてバラバラになったら淋しいだろ〜」
ゾロは一瞬はっとした。それは,真実であった。ゾロは顔が翳るのを隠そうとした。自分も道を見つけたら,ルフィが道を見つけたら・・・それが二人を引き離す道だったら・・・?ゾロには分からなかった。もしその道が見つかってしまったら,ビビのように言えるだろうか?自分の本当に愛すべきものの事を?とっさに出た言葉は意味もなく,ルフィに先を急がせただけであった。
「そん時はそん時だ。ほれ先を急ぐぞ、また海軍が追って来るかもしれねぇんだからな!」
「わかったよ〜」
しぶしぶそう言って進路を確認するため,ルフィはナミの所へ行こうとした。
――違う!言いたかった言葉はまだ――
「おい!」
不意にゾロがルフィを呼び止めた。
「ん?」
行けと言ったくせに,呼び止められ,ルフィは少し不思議そうにゾロを見上げた。
「安心しな。」
「....何を?」
一瞬,ゾロが何を言っているのか分からなかった。が,すぐにルフィはゾロの言葉を,そしてその想いまで理解した。
「オレはおめぇが嫌だって言ってもずっと一緒にいてやるからよ。」
「....!」
―――ずっと一緒に―――
その言葉は紛れもなくゾロの口から出た言葉だった。ルフィに寄せたゾロの本当の想いだった。今ならルフィも言葉に出来る気がした。夕日に当たっている訳でもないのに,紅く染まった顔をルフィから背け,ゾロは照れながら皆のところに行こうとした。そんなゾロをルフィは笑って追いかけていった。
「俺もずっと一緒にいるから!!」
大きな声は,海原に消えることなくゾロの心に響き続けていた。
『いつかまた会えたら!!』
そんな事もあるかもしれない。と,ルフィの声を聞いたらそう思えてきた。我ながら単純だと思いながら,また照れ臭くなってゾロは少し笑った。
「ああ・・・いい天気だ・・・」
遥か遠くの水平線は空と海とを隔ててはいないようだった。ルフィと二人,こうしていられるならば,海ははまさに夢とたがわぬ風景だと,ゾロはそう想った。
END
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