再会を夢見て
“貴公がこの地、巴里を去って、もはや1ヶ月が過ぎようとしている。巴里はあれから大きな事件もなく、大方平和と言える日々が訪れている。たまに華撃団が出動することがあっても、5人がかりで、というようなものは少ない。それゆえ、わたくしは思うのだ。あの結束が、今わたくしたちの手だけで作り出せるのか、と。
いきなり暗い話になってすまなかった。それよりも貴公が知りたいのはこちらの皆の近況であろう。まずはエリカだが、こやつは相変わらずだ。街中でわたくしがエリカに出会った頃のままだ。たまに阿呆なこともしでかしてくれるが、あの純粋な目に見られると、わたくしと言えど弱いのだ。あのひたむきさは、とてもではないがわたくしには真似のできぬものだと思う。貴公も分かるであろう?それから花火だが、あれから少し落ち込んでいたことは確かだ。認めよう。貴公がいなくなり、気落ちしたのはわたくしだけではない。皆、一様に少し寂しさを抱えておったのだ。しかし、花火は明るくなった。時折見せる、影のない笑顔が、わたくしを救ってくれるような気がする。貴公が巴里に来るまでは、わたくしは花火の中に、常に闇を見ていた。しかし、それをも包み込むやさしさと力強さを手に入れたのだ。改めて、貴公に礼を言おう。コクリコは、今日も元気だ。心配はない。ナポレオンを追いかけたり、動物達の世話もしたりと、強く生きておる。わたくしは思うのだ。あの強さは、貴族の持つ強さとは異質のものでありながら、わたくしはそれを尊敬したいと。貴公の教えてくれたことが、このようなわたくしの心の変化になって現れているのだと思う。さて、ロベリアだが・・・。こちらも相変わらずだ。やつが悪党であることに代わりはないのだが、少しはやさしさというものを学んだようだ。わたくしと言葉を交わすと、つい喧嘩腰になるのだが・・・。先日、エリカや花火に何やら信じられぬほど親切なことを言っておった気がする。何か企んでおらねばよいのだがな。皆はこのような状況だ。他に知りたいことがあれば、次の手紙で送ろうぞ。
話は戻るが、巴里の平和は良いものだ。わたくしも、自然と顔がほころぶ。しかし、あの頃の結束はなくなったような気もするのだ。貴公という要がなくなった後、大きな戦いを迎えたことがない。副隊長としてわたくしは心配なのだ。貴公のように、皆をまとめ、そして率い、正しい方向に導けるのであろうかと。わたくしは、戦いに出るといつも思う。貴公なら、どうするか。貴公なら、どう声をかけておるかと。そして、貴公の顔を思い浮かべるのだ。その全てを包み込む暖かく、厳しく、優しい微笑みを。わたくしは、貴公の全てを・・・”
「いかんいかん!こんな文など送り付けたら、何を言われるか分からんではないか。いや、そうではない。これではわたくしの誇りが保てん。なんたること!これではまるでか弱い婦女子のようではないか。わたくしはブルーメール家のグリシーヌなのだぞ。こんな女々しいことを報告できるものか!」
そう言って、グリシーヌは手紙をぐしゃぐしゃと丸めて捨てた。そして二枚目の手紙を書きはじめた。
“わたくしは、巴里華撃団の隊長にはならぬことにした。わたくしは副隊長である。あくまでも、この巴里華撃団の隊長は貴公なのだ。最近読んだ古い書に、このようなことが書いてあった。昔、ある国は戦争状態にあった。そこでその戦いを終わらせるために自らの命を賭して戦った二人の男女がいた。女は軍を率い、一国の将として戦った。王族の身分でありながら、自ら最前線に赴いた。男は民を率い、敵国の民までをも守ろうとした。多くの民に慕われた彼は、敵国と自国の民に戦うおろかさを諭し、そして身を持って戦いを止めた。男の死がきっかけとなり、戦争は終わった。そして彼の最期に彼女は立ち会っていた。平和を築いた男を静かに看取り、彼女は言った。彼こそ王にふさわしいと。彼女は一生王座につくことはなかった。この国は、既に彼という王を持っているから、と。わたくしは、その女のようでありたい。自ら戦い、平和をもたらしたい。しかし、それ以上にわたくしは、その男と貴公が重なって仕方なかった。もちろん、貴公は死したる英雄などではない。生きて、その生きるという素晴らしさを身と心をもってわたくしたちに教えてくれたのだから。だがわたくしは、その男の高潔さと、貴公の面影が重なって仕方ないのだ。女が言ったように、わたくしも思う。この巴里華撃団は、既に貴公という隊長を持っている。それゆえ、わたくしは副隊長であることを誇りに思いたいと。いつまでも、貴公はわたくしたちの隊長なのだ。いつでも、帰ってくるがよい。待っておる。”
「ええい、途中まではよいかもしれぬがな、これも駄目だ!」
さらにそれも丸めて捨てた。
“貴公が巴里を去って、もはや1ヶ月が過ぎようとしている。巴里はあれから大きな事件もなく、大方平和と言える日々が訪れている。平和というものにやっと慣れてきたわたくしだが、一つだけ慣れぬことがある。それは、貴公のことだ。何か、興味深いものをを見つけたとしよう。すると、つい呼び掛けてしまうのだ。貴公の名を。何か、美しいものを見つけたとしよう。すると、つい探してしまうのだ。貴公の姿を。”
「また女々しくなってしまったではないか!何をやっておるのだわたくしは!」
もうそろそろ、シャノワールの楽屋のゴミ箱はあふれそうになっていた。
“貴公が巴里を去って、もはや1ヶ月が過ぎようとしている。巴里はあれから大きな事件もなく、大方平和と言える日々が訪れている。皆、息災だ。貴公もそうだと信じておる。では。”
「これだけなの?グリシーヌ。」
短すぎる手紙を覗き込み、花火が言った。
「ああ、もうそれが精一杯だ。」
「もっと書きたいこともあったんじゃないんですかー?グリシーヌさん。」
エリカがにっこりと笑って、少しからかうように言った。
「ない!」
「そうかー?いいかげん自分に正直になったらどうなんだい、アンタも。」
足を組み、ふふんという笑いと共に、ロベリアが言った。
「わたくしはいつでも正直に生きておる!おぬしなんぞに言われる筋合いはない!」
「でもさー、グリシーヌ。もう少し書かないと、イチローも返事に困ると思うよ。」
ちょっと考えてコクリコが言った。
「ならばおぬしらが書けばよかろう!」
とうとうグリシーヌの怒りが爆発した。
「おぬしらが書かぬというからわたくしが一生懸命書いたというに、なんだその言い方は!もう知らん!好きにせい!」
そう言って、グリシーヌは楽屋を出ていってしまった。
「もー、しょうがないなーグリシーヌはー。」
「でも、相当頑張ったようですよ。ほら、皆さんみてください。あの手紙の山を。」
「そうですねー、グリシーヌさん、今日の朝からずーっと、ずーっと、大神さんへの手紙を書いていましたものねー。」
「まあな、適任だと思ったんだが、意外にひっかかったな。ま、どうでもいいんだけど。」
「でも、グリシーヌ、顔が真っ赤だったよ?」
「それはですねー。ふっふっふー。」
「あ、エリカさん。それ以上は・・・。グリシーヌもきっと気にするわ。見た目より、ずっと繊細なんですから。大神さんのことでからかわれることが、きっと辛いにきまっていますもの。」
「繊細ぃ?あいつがか、は、笑っちまうよ。」
「そんなことないですよー、ロベリアさん!わたし、グリシーヌさんがお裁縫上手なの知ってますっ!」
「それは繊細とはちょっと違うんじゃないかなエリカ・・・。でも、グリシーヌって、動物大好きだし、本当は優しいよ。きっと、この手紙も一生懸命になりすぎただけだとボク思うんだ。」
「一生懸命なのは認めてやるさ。だがな、これじゃ出せないぜ。どうするよ。」
「じゃあ、これにみんなで書き足すことにしませんか?」
「そうしよう!エリカ、いいこと言うね。」
「そうしましょう、そうしましょう。きっと皆さんで書けば、大神さんに喜んでいただけると思いますよ。」
「あ、でもイチロー、意外とグリシーヌだけからの手紙を楽しみにしてたりして。」
「ふふ、それもありえますわね。」
「そりゃ、許せないね。じゃなおさら、みんな書かないとな。」
「はーい!エリカ頑張って書きまーす!」
というわけで、それからしばらくして、こんな手紙ができあがった。
貴公が巴里を去って、もはや1ヶ月が過ぎようとしている。巴里はあれから大きな事件もなく、大方平和と言える日々が訪れている。皆、息災だ。貴公もそうだと信じておる。では。
グリシーヌ・ブルーメール
はーい!大神さん、元気ですかぁー!?わたしは元気ですよ!もうばっちりでーす。みんなも元気ですからねー!
エリカ・フォンティーヌ
イチロー、元気でやってる?ボクたちはみんな楽しくやってるよ。シャノワールのお客さんたちも、ボクたちのレビュー、楽しんでくれてるみたい。ボクの新しい手品、イチローにも見せたいな。
コクリコ
お元気ですか、大神さん。大神さんがいなくなって、寂しい時もありましたが、みなさんがいてくれたおかげて毎日が充実しています。大神さんもお体に気をつけて・・・
北大路花火
元気か?ま、知らせがないのが良い知らせってな。あんたのことだから、きっとしっかりやってるんだろうとは思うよ。こっちは、まあまあだ。もうそろそろ巴里が恋しくなってるんじゃないか?
ロベリア・カルリーニ
「・・・なんだいこれは?結局みんなおんなじようなことばっかりじゃないかい。」
「はあ、そのようですね、グラン・マ。」
「みんな、元気ですってことしか書いてありませんよぅ。」
「まったく、しょうのない子たちだね。メル、シー、こちらの近況でも書き加えて、ムッシュに送っておやり。」
「ウィ、マダム。」
「はー、まったく頭が痛いよあの子たちには困ったもんだね。手紙の一つで大騒ぎして、それでこれだもの。ムッシュも大変だよ。ま、返事が楽しみだね。ムッシュ、期待してるよ。」
シャノワールの夜は、こうして今日も平和に更けていくのであった。
おわり
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