君の話、僕の話

 

  いつでも一番に想うのは、君の話。それは僕の中で変わらないはずの位置だった。

  そう、あの時までは・・・

 

 その日佐藤は試合後、眉村に誘われて彼の部屋に上がりこんでいた。それは最近増えてきたごく普通の出来事だった。眉村の口実はこうだ。今日の試合について話したいから。今日の試合のピッチングについて、思った事を言ってほしいから。今週は肩の具合があまりよくないが、客観的に見て不安のある投げ方をしてはいないだろうか相談に乗ってほしいから。毎回そんな事を言われるものだから、そのうち訳を聞くのもめんどうくさくなってきて、自然とどちらかが出る試合のある日は眉村の家でチームを超えた、思えば妙なミーティングが行われるようになっていた。慣れとは不思議なもので、佐藤はもう眉村の家に行くのに何の抵抗もなかった。はじめはおかしいだろうと思ったりもしていたものの、別段驚くような事は何もないし、眉村の野球に対する姿勢はしっかりしているし、それなりに得るものも多かったために、それが当然のように思い始めていた矢先の出来事だった。

「だからね、吾郎くんはさ、こういう時にはきっとこうするんだってば。」
今日も二人で試合の録画をパソコンで見ながら、佐藤が主にしゃべっていた。それは眉村のノートパソコンなのだが、正面には佐藤が陣取ってマウスを握っている。その横で、眉村はそれを覗き込むようにしていた。
「ほら、君はここで・・・こうだろ?」
少しだけ眉村の試合の様子をまき戻し、そして止めて佐藤は言った。
「でもさ、吾郎くんだったらね、ここでは絶対に首を振るよ。眉村はここで先輩キャッチに遠慮してたんじゃない?ここからだよ、試合の流れが滞りだしたのは。キャッチの判断が、必ずしも間違いだとは、僕は思わない。でも、それを受け止めるピッチとしての判断はおかしいよ。」
これもいつもの事。何を話していても、どこかで話の内容がここにはいない茂野へとシフトしていく。慣れたつもりだった。それなのに、今日の眉村はなんだか無性にその事が気になって苛立っていた。それは、今日試合に負けた事も関係しているのかもしれなかった。尊敬する先輩キャッチャーに、試合のある重要な地点で首が振れなかった。それは試合の明暗を分けた一球で、そのまま何も考えずに投げてしまった眉村の球が、結局逆転される転機を引き起こしてしまったのだった。それは眉村としても、十分に反省していた点だった。もちろん、佐藤にそこを指摘される事は承知していた。それなのに、どうしても何かが心に引っかかっていた。

「吾郎くんはね、きっとここでは・・・」
佐藤がさらに口を開こうとしたその時だった。急にマウスがカシャンと小さな音を立てて床に転がり、佐藤の手は自由に動けなくなっていた。
「っつ・・・!」
痛みが走り、驚いて手を見ると、そこには怖いくらいの真剣な形相で、佐藤の腕を掴んでいる眉村がいた。
「どうしたのさ眉村?」
「・・・・・・」
目を見開いて、佐藤は眉村を見つめた。問いかけても答えは返ってこず、佐藤は心配になって、小さく俯いて呟いた。
「・・・そんなに僕の言った事、間違ってたかな?」
「違う!そうじゃない!」
今度は、即座に否定の言葉が降ってきた。
「そう、よかった。それじゃあ・・・何?」
ホっとしたのも束の間、佐藤は眉村の眼光がさらに鋭くなったような気がして胸が痛むほどの速い動悸に襲われた。半分震えるような瞳で問いかけた佐藤に、眉村は耐え切れなくなった。この状態にも、佐藤が茂野の話をする事にも、自分が何もできないでいる事にも。そう思った瞬間、口と身体が勝手に動いていた。
「俺といるのに茂野の話ばかりするな・・・!」
心の中から搾り出すような、苦しそうな声だった。低く低く、佐藤の胸の内にその言葉が響き渡る前に、佐藤の視界は反転していた。ドサッと、何かが倒れる音がした。そしてそれが、自分が床に押し倒された音だと佐藤が気づいた時には、既に眉村の顔がすぐそこにあった。
「まゆむ・・・ら?」
何事かと目を瞬かせていると、近くにあった眉村の顔がさらに近づき、視界中に眉村だけが広がっていた。そう思った瞬間、唇に温かいものが触れていた。一瞬で、佐藤は状況を把握してしまった。自分の何かが警鐘を鳴らしていた。
「んんっ!!!」
息が、苦しかった。ほんの数瞬まるで金縛りにでもあったかのように、身体が動かなくなった。ひんやりと、外気に下腹部が触れる気配がして初めて、佐藤は我に返る事ができた。シャツの間から忍び込む、眉村の蠢く手が自分を撫でている。動きは徐々に目的のはっきりしたものとなり、佐藤は青ざめた。もう、何がなんだか訳が分からなかった。
「やめ・・・やめて!」
それでも動きは止まらない。何か得体の知れない恐怖に全身が襲われて、次の瞬間、佐藤は拳を握り締め、それを恐怖の源である眉村に力の限りぶつけていた。
「やめてってば!眉村!!」
ガッと、何かが食い込むような鈍い音がしたと眉村が思うと同時に、眉村の身体は佐藤の上から殴られた勢いで弾き飛ばされて、情けなく尻餅をついていた。
 

 眉村が気がつくと、もうそこには誰もいなかった。そこにはただ、煌々とついたままのノートパソコンの画面と床に落ちたマウス、そして開け放たれたドアだけが見えていた。痛みを感じる事すら、眉村にはできていなかった。頭が混乱して、どうにかなりそうだった。それでもやっと立ち上がり、ドアを閉めて鍵をかけたところで、眉村は急激な恐怖に襲われた。
「どうして俺は、あんな事・・・」
呟く声に応えはあるはずもなく、眉村はそのまま頭を抱え、力が入らぬ身体はずるずると玄関先にしゃがみこんでいた。
 

 

 それ以来、眉村は佐藤と長く話した事がなかった。球場で会えば、挨拶はする。試合で気になる事があれば、その都度言ってくる。他人の前では、佐藤は何の変わりもないように振舞っており、以前と変わらず仲がいいなと先輩に言われ続けていた。しかし実際は、以前とは全く違っていたものになっていた。人の前でする会話はただそれだけで、もう佐藤は自宅に来る事もなく、必要以上の接触を、佐藤からしてくる事は全くなくなっていた。

そんな折、茂野が一時帰国する事となった。この知らせに、佐藤がほっとしたのは事実だった。あの時から、佐藤はふとした瞬間、夜一人になった時、何かがあるたびに眉村の事ばかりを考えるようになっていた。頭から締め出したくても、どうしてもあの光景と眉村の視線がちらついてしまう。あの行動の意味と、そして口よりも雄弁に語っていた、あの瞳の意味を。なんとか人前ではなんでもなかったような振りくらいはできるようにはなっていた。しかし、思考の大半をあれから大して話もしていない眉村ばかりに占められてしまっているのだった。だから、茂野が帰ってくる事に佐藤は喜んだ。
『吾郎くんが日本にいれば、きっと楽しいに違いない。吾郎くんの事を考えていられるんだから。』
そしてそこまで考えてから、あれ以来、ほとんど茂野の事を考えていなかった自分に佐藤は驚いた。あれほどまでに想っていた茂野の事を、当然のように思考の中にいた茂野の事を、思い出したり話したりしていなかった事が意外だった。そしてそれほどまでに、眉村に気持ちが引っ張られている事実にショックが隠せなかった。
 

 

 茂野が帰国した次の日、佐藤は珍しく茂野に呼び出されて一緒に出かける事になった。嬉しくてたまらないはずだった。自分も彼も大人になってからは、茂野から誘いが来る事など、今までに数えるほどしかなかった。故に、茂野から声をかけられたその瞬間は、それは幼い頃の記憶を呼び戻すようで、くすぐったくて胸の奥が甘くて、切ないような気持ちに佐藤はなっていた。しかし実際に会って話していても、佐藤の気分は晴れなかった。茂野と会っているはずなのに、何故か眉村との事ばかりを考えてしまう。そんな自分に佐藤は苛立ち、そして気分が沈んでいくのを感じた。
『なんで・・・眉村の事なんか・・・』
一度は、そう思ってみた。眉村の事など、今考える必要がどこにある?と。それなのに、どうしても眉村の事が頭から離れなかった。
 

 

 佐藤の様子がおかしいと、茂野が気付いたのは、出かけた先からの帰り道での事だった。沈んでいく夕日に向かって二人で歩きながら、さっきから俯き加減で青白い顔をしている佐藤を覗き込んで、茂野は少し不安に駆られた。何が、どうという事ではない。ただ、明らかにいつもの佐藤とは違うのだ。まるで、自分以外の誰かの事を考えているような気がしたのだ。そんな事は、今まで一度たりともなかった。冷たい態度に出られた時も、試合や色んなもので対立していた時も、佐藤の心の一番にいたのは自分だった。それが当然だと、茂野は思っていた。それがまるで当たり前の事実だったのに、今日は様子がおかしかった。佐藤に違和感を覚えた。思えばそれが、茂野の人生で初めての佐藤に対する漠然とする不安だったのかもしれなかった。
「どうしたよ、元気ねーな。」
自分の不安をも追い出す勢いで、茂野がバシっと佐藤の背中を叩いた。
「うわっ・・!?」
「おおっと。」
それが強すぎたのか、何も構えていなかったからなのか。佐藤は足元をふらつかせ、よろけたところを茂野に支えられた。ふと佐藤が茂野を見上げた。その瞳はどこか憂鬱な光と、悲しそうな闇をたたえて潤んでおり、吾郎は慌てた。
「何かあれば俺に話してみろよ。」
自分の中にある不安も、佐藤の瞳も見なかった振りをして、茂野がことさら明るい声を出して言った。しかし、返事はしばらくなかった。
 

「おい、本当にどうしたんだよ、寿。」
追い討ちのようにかけられる茂野の言葉は佐藤の心を簡単に引き裂き、佐藤はもう半分くらい泣き出しそうになっていた。
『こんな事、吾郎君に話せる訳ないじゃないか・・・!』
どれだけそう言いたかっただろう、どれだけ叫び出したかっただろう。しかし佐藤にはどうしてもそうは言えず、ただ無理に笑顔を浮かべるだけしかできなかった。
「何でもないよ!」
「何でもねーって顔じゃねーじゃん。」
「・・・うん・・・」
笑い顔が失敗していたのだろうか、声が震えていたのだろうか。真っ直ぐに茂野に見つめられ、佐藤は急に不安になった。いつまでも綺麗で真っ直ぐな光を絶やさないその瞳を見ているだけで、まるで自分の心が全て見透かされるような気がして、佐藤は俯いた。とてもその目に目を合わせられなかった。
 

沈黙に最初に耐えられなくなったのは茂野だった。佐藤の様子がおかしい。これはもう決定だ。それがなぜか。自分が原因ではない。それですら確定しかけていた。そう思った瞬間、どうしてだか分からない苛立ちが茂野を支配し、思わず小さく震える佐藤の肩を両手で掴んで茂野は大声を出していた。
「言えよ。」
びくっと、佐藤の身体が強い茂野の口調に反応した。下を向いたまま、それでも口をつぐむ佐藤に茂野の苛立ちはピークに達していた。こんな事は、今までなかった。もし、たった一言、『吾郎君には関係ないじゃない』と佐藤が口にすれば、諦めもしたのかもしれない。それなのに問い詰めても何も理由すら言わない佐藤に、茂野はどうしようもない焦りと怒りのようなものを感じた。それは、嫉妬という感情だったのかもしれないが、茂野にはその感情に名前をつける事ができなかった。
「誰の事、考えてんだよ!」
「誰って・・・」
思いもかけない問いかけに、佐藤はつい顔をあげてしまった。茂野の事ではないとは言わなかった。眉村の事だとも、一言も言っていない。そんなそぶりも見せていないつもりだった。それなのに、鋭い糾弾はやむ事なく、誰もいない夕暮れの遊歩道に茂野の大きい声だけが響いていた。
「俺といるのに他の奴のこと考えんなよ!」
「吾郎君・・・」
どこかで、誰かも言っていたセリフ。強烈な既視感に襲われ、眩暈すら佐藤が感じたその瞬間、鋭い電子音が鳴り響いた。
 

「あ、ごめん・・・ちょっと・・・」
正直なところ、佐藤はほっとしていた。携帯での連絡が誰の何であれ、この状況から抜け出させてくれる口実だったら、何にでも縋りたい気分だった。それなのに、携帯を開いてみると、そこには眉村からのメールが入っていたのだった。
『この間はすまなかった。反省している。一度会って話がしたい。眉村』
喋る時と同じような、いやそれ以上に簡潔な眉村の文章に、思わず佐藤は茂野の目の前にいるのだという事すらも忘れて画面を見つめて固まってしまった。明らかに様子がさらにおかしくなったと、心配して佐藤に近づいた茂野だったが、うっかりそのメール画面を盗み見てしまった。そこには眉村の文字と、佐藤の泣き出しそうな表情、そして自分の無意識の優越感が崩されて猛烈に腹立たしいと思う感情だけがあった。
「何だよ、コレ。」
考えるより先に手が動いていた。思わず携帯を佐藤の手からひったくるようにして奪った茂野が睨みつけるようにすると、佐藤がうろたえた表情で口ごもった。
「あ・・・えーと・・・」
茂野の頭の中で、何かがかみ合う音がした。
「眉村と何かあったのかよ。」
「何かって・・・その・・・」
「言えよ。」
怒りとか憂鬱とか心配とかまだ名もない感情とか、あらゆるものがごちゃ混ぜになって口をついて出た言葉は、思いもよらない静かなものとなって遊歩道に散らばった。
「お前が元気ないのも眉村のせいなのか?」
「・・・・・・」
佐藤の沈黙がそれを肯定しているようで、茂野は佐藤と話していて、初めて胸が引きちぎられるような痛みを感じた。それが何かという事には全く気がつかないまま。
「何でもない、気にしないで。」
そう言った瞬間、佐藤は走り出していた。ふわりと茂野の頬に風が感じられた。時が一瞬止まって見えた。佐藤の目には、涙が見えた気がした。
「・・・オイ・・・!!寿!」
そう言葉をかけた時にはもう、佐藤の姿は遠くなっていった後だった。

   

 逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。そればかりを考えていた。吾郎くんから、眉村から、そして自分の、この訳の分からない感情から。

 

 どうしても、茂野には納得がいっていなかった。佐藤が悩んでいる事も、その考えが自分を中心にしていない事も、そこには眉村がいるという事も。だから茂野は、佐藤と眉村を街で見かけ、こっそりその後をつけて行った時ですら罪悪感を覚えてはいなかった。最初は、二人で黙りこくって歩いているだけだった。何をする訳でも、何を話す訳でもない。ただ淡々と、二人が歩いていく。もう、このままなら帰ってしまおうかと茂野が思ったその時、二人が人通りの少ない狭い路地へと入っていくのが見えた。何か嫌な予感が茂野の心を横切り、茂野は二人の会話が聞き取れる場所へとふらふら近付いて行った。

 最初は、何を言っているのか茂野には聞こえなかった。二人とも感情を押し殺したような、低く静かな声で語り合っていたからだ。最初に茂野の耳に聞こえたのは、眉村のこんな言葉だった。
「・・・この間は乱暴してすまなかった。」
『乱暴・・・!?』
予想外の言葉に、茂野は耳を疑った。佐藤が悩んでいるのは、もうこうなれば十中八九眉村のせいだと思っていた。もしそれが眉村に非のある事であれば、佐藤を助け、眉村を詰ろうというつもりすらあった。しかし乱暴という言葉に、茂野はその場所に釘付けにされてしまっていた。
「もういいよ・・・」
呆然とする茂野の耳には、諦めたような吐息のような言葉を返す佐藤の声が響いてきた。
「しかし・・・佐藤の気持ちも考えずに、無理矢理あんな事を・・・」
「もう、いいってば!」
叩きつけるような怒声の混じる佐藤の声に、今度こそ茂野は完全に固まってしまった。眉村は佐藤に何をしたというのだ?何を無理矢理したと言うのだ?佐藤がこうやって声を荒げることなど、めったにある事ではなかった。それでも、眉村は言葉を続けた。まるで聞きたくないと首を振る佐藤にも届くようにと、大きな声で。
「嫌われたかもしれないが、俺は・・・」
鼓動が早鐘を打つようにどんどん加速していくのが茂野には感じられた。耳元で、心臓が拍動しているような気すらしていた。もう、茂野の頭の中にはその二人の間に飛び出して行こうという気概が完全に削がれていた。ただ、この行方を見守らなければいけないと思うだけだった。ふっと、一瞬の沈黙が開いて、眉村が俯く佐藤に真っ直ぐ向き直った。
「俺は、やっぱり、佐藤が好きだ。」
それは、今までの声に比べて静かな声だったにも関わらず、茂野の耳にはっきりと届いていた。そして、佐藤の耳にも。それは逃れられないほどにまっすぐに、佐藤の心の中にまで響いてくる声だった。
 

ふうと佐藤はため息をつき、すっと視線をまっすぐにあげた。そこには、もう迷いはなかった。ただ、何かを諦めたような、何か希望を掴んだような、そしてどこか儚げな、複雑な表情が浮かんでいるばかりだった。
「僕は、逃げてばかりだったね。」
それは、答えなのだろうか。理解の及ばなかった眉村と、混乱の極みにいる茂野の耳に、さらに佐藤の言葉が静かに降り積もっていった。
「・・・ごめん。今まで。」
それは、綺麗な音をしていた。潔ささえ伝わるその声は、何かを吹っ切れたかのように、清々しく響いていた。
「もう、逃げない。君からも、吾郎くんからも。だって、吾郎くんと会っていたのに、考えていた事は君の事ばっかりだった。」
それは、告白だったのだろうか。
「佐藤・・・!」
思わず佐藤を抱きしめてしまった眉村から、今度こそ佐藤は逃げなかった。逃げたのは、茂野だった。これ以上、何も聞きたくはなかった。くるりと踵を返すと、茂野は二人から完全に背を向けて歩き出していた。もう、何もかもが茂野を混乱に貶め、そして信じていた足元の土台が完全に崩れ去る音が聞こえるような気がしていた。

 

茂野が去った路地で、佐藤の言葉は静かに紡ぎ出されていた。
「僕の話の中心にいたのは、いつも吾郎くんだった。それは、僕の中で一番の場所。僕の中で変わらないはずの場所だったんだ。それなのに、今はそこに君がいる。君が僕の話の中に、入ってきてしまったんだよ、眉村。」
「それは・・・俺を許してくれるという事か?!」
高鳴る鼓動を隠しもせず、眉村が聞いた。その声は少しだけ掠れて、震えて、揺れていて、まるで泣いているように聞こえた。
「・・・うん。」
最後の一言は、他の誰にも届かず、ただ眉村の耳元だけに囁かれていた。
 

おわり