柘榴飴:後半 <克哉×克哉>

 

 頭に血が上っているうちは、自分が何をしているのか良く分からなかった克哉だが、ふと気がつけば、祭りの会場となっているにぎやかな沿道から随分と離れた所に二人の克哉は来ていた。シンと静まり返った砂利道に、二人分の同じ体重、同じくせのある足音だけが響いていた。どこかで、パンッと爆竹のはぜる音が響いた瞬間に、克哉は我に返って眼鏡をかけた自分から手を離した。
「・・・あー・・・と、<俺>?」
「何だ。」
相変わらず不遜な態度の眼鏡をかけた克哉に、克哉は今更ながらの質問をした。
「どうしてお前、ここにいるんだ?っていうかお前はオレ・・・だよな?」
「どうして俺がここにいるかだと?そんなもの、お前が望んだからに決まっているだろう。」
「オレが?いつ?どこで?」
目を大きく見開いて、克哉は自分と同じで、それでもやはり違う自分を見つめ返した。自分と同じ瞳の色が、同じ顔を見つめ返してきて、克哉は克哉に鏡に向かって話しかけているような奇妙な浮遊感を与えた。
「さっきからずっとだ。本多に苛々していたんだろう。そうでなければ、俺はあの赤面した御堂でも道の裏に引きずり込んで犯してやっている。だが、お前に呼ばれたとあれば、しょうがない。俺はお前が最優先だ。何しろ、お前は俺だからな。<オレ>が満たされないのならば俺だって満たされないだろう。極めつけは、あの果実を口にしたお前が悪い。」
克哉は、暑さと先ほどからずっと続いている違和感のない違和感に眩暈を覚えていた。おかげで、眼鏡の克哉から聞こえてくる声も、ろくに言葉として認識されていなかった。
「あぁ・・・そうか、オレがいけなかったんだ。」
そう克哉が呟いてしまった瞬間、今度は眼鏡をかけた克哉の方が、克哉の手をひっぱって、古ぼけたお堂へと連れ込んだ。

 

どうやってそこに入り込んだのか、克哉は覚えていなかった。ただ、遠くに瞬く祭りの明かりで見える視界と同じように薄ぼんやりと、ここが寺だか神社だかのお堂のようなものの中だという事が分かるだけだった。賽銭箱があるのだから神社なのだろうか。そう言えば、さっき砂利道の前には鳥居もあった気もする。でも神社でもお堂と言うのだろうかなどと、克哉が考えていられたのもそこまでだった。ドッと身体を引き倒され、はっとした時には、克哉はもう既に自分自身に組み敷かれていた。
「・・・・・・」
なぜだか声も出なかった。いつもであれば抵抗したり散々悪態をついたりした後に、それでもやっぱり誘惑に負けたり、欲望に忠実にならされたり、無理矢理どうにかさせられたりするのだったが、今日はどう言う訳かちっとも危険だという認識が湧かなかった。ただ、
『ああ、目の前に、オレがいる。』
そう思うだけだった。ぼんやりしていると、首筋にピリッとする痛みが走った。もう一人の克哉が、克哉の首筋を唇で強く吸い上げたのだった。それはまるで、さっき舐めた柘榴の飴のような感覚だった。

 

薄く積もった埃と、水分の多い夏の匂いが混ざって、不思議な清涼感のある空間にたった一人と一人。古い床木は元から黒いのか、暗闇だからそう見えるだけなのか、確かにそこ背をつけているという感触があるのに、まるで真っ暗闇の空間に浮かんでいるような感覚を克哉に与えていた。視線を上げるとそこには真っ黒い大きな格子が明かりを四角く切り取って克哉の目に与えていた。
「あ・・・はっ・・・」
ぼんやりする思考回路を痛烈に呼び起こすような快感が断続的に与えられ、克哉の唇からは自然と喘ぎ声が出ていた。いつの間にか、せっかく本多と二人して苦労して着付けた浴衣があられもなく肌蹴ていた。上半身はほとんど右腕だけしか布の部分に包まれてはおらず、かろうじて腰紐で浴衣が身体にまとわり付いているという有様だ。ぴちゃっと、克哉の薄い胸を舐める水音が響いた。びくんと敏感に反応した克哉を、もう一人の克哉は満足そうに眺めて、尖り切ったその先端をぎゅっと親指と人差し指で強く握った。
「あぁっ!いっ・・・」
咽喉から漏れる声は、いいのか痛いのかどちらとも取れる響きを持って曖昧に真っ黒い空間に消えた。

 

眼鏡をかけた克哉の手が、すっかり肌蹴て露わになった克哉の下肢に伸びた。もう克哉のそこは触られてもいないのにすっかり立ち上がっており、ほとんど完全な形になって蜜を零していた。
「もうこんなにしてるのか。お前は本当に淫乱だな。」
自分の低い声が聞こえる。自分と全く同じ体温が、身体で最も熱くなっている部分に触れる。粘膜を擦り上げるその快感に、克哉は悶えた。
「うぁっ・・・!あぁ、あぁ・・・」
つうと、口角から唾液が一筋垂れた。あまりの気持ちよさに気が遠くなっていく。呼吸も、瞬きすら間々ならない。それが薄い外の光にほんのわずかに照らされて、闇の中でてらてらと艶やかに光った。
「ほら、ここからもここからも、零れているぞ。」
そう言いながら、もう一人の克哉は顎まで垂れた唾液を舌ですくいとり、同時に蜜を垂らす欲望の先端を爪で摘んだ。
「あぁ・・・お願い、お願い・・・!どうにか・・・して・・・」
何かが裂けそうな痛みも快感となり、自分に覆いかぶさる自分の熱が、熱帯夜を体温に溶かして忘れさせる。その熱をもっと近くで感じたくて、克哉はもう一人の自分の首に手を回して自分を引き寄せた。

 

ぐいっと力強く顔を寄せられ、眼鏡をかけた克哉は抗おうともせずに克哉の唇を貪った。
「んぅ・・・」
これ以上ないほど深く、これ以上できないほど濃密に、同じ熱さの舌が絡まっては解けてゆく。時折漏れるじゅくっという水音と、口からではなく、互いの足の付け根から聞こえる二つの熱を擦り合わせる粘着質な音が響いていた。

 

完全に浴衣が克哉の身体から落ちると同時に、克哉の中に克哉自身が押し入ってきた。ズッズッと、勢いをつけて挿入されても、痛みは感じない。ただ、甘い疼きが酷くなるだけだった。もっと深く、もっと深くと身体が求めてくる。揺れる腰を抑える事なく、克哉はくねり悶えた。あまりの強い快感に身もだえ、克哉は床に背を擦り付けていた。だが、床はささくれ立っていた。皮膚の表面が小さく床に引っ掛かり、痛みとも痒みともつかぬ、小さな、だが無視はできぬほどの感覚が、一番鈍いとされている背中の皮膚からも伝わってきた。本来なら痛みなのかもしれない。先ほどから多少のぬめりも感じるところを見ると、出血もしているのかもしれない。だが、そんな感覚も身体を奥まで貫かれる快感と、内臓を圧迫する得も言われぬ充足感を後押しする道具にしかならなかった。

 

「ああっ!もう・・・もうダメ・・・」
どれほどそうやって熱を貪っていただろうか。上に被さる克哉自身の抜き差しのスピードが水音に追いつきそうなくらい速くなっていくと、克哉が耐え切れないように身を細かく震わせて喘いだ。
「いきそうか?」
そう答えた自分の声もまた、どこか切羽詰っていて、低く甘く鼓膜に響いた。
「うんっ・・・あっあっ・・・あああっ!」
「・・・うっ・・・!」
急激な昂ぶりの抽入を身体の奥底に感じ、克哉は勢いよく白濁を放った。びしゃっと音がして、向かい合う自分の腹に欲望の証が飛び散った。そして、同じものが身体の中にも撒き散らされた事を感じ、克哉は足の先までぴんと張っていた緊張が一気に崩れ落ちて自分自身が溶け出していくような感覚を味わっていた。
「・・・あ・・・」
どくどくと、いつまでたっても自分自身のその先からいやらしい液体が留まる事を知らず溢れてくる。自分が引き抜かれる衝撃でびくんと最後のひと絞りが吐き出され、そうしてやっと克哉の身体は強すぎる快感の痙攣が治まった。

 

 次に気付いた時には、克哉は本多とシーツの中に、もう一人の克哉は御堂とベッドの中にいた。明らかに何か情事の後のような色気と疲労感を漂わせて帰ってきた克哉たちを、本多と御堂は大いにいぶかしんだ。しかし、いくら克哉をかぎまわっても、舐めても触っても、そこには克哉自身の匂いしかついておらず、どこも変化してはいなかった。誰かに触られた形跡もない。それなのに克哉はからだの奥底が疼くのが止められないようで、明らかにいつもと違う雰囲気を醸し出していた。

 

夏の夜の出来事は、現実なのか幻なのか。自分の見たものも聞いた音も、増してや自分の感覚なぞ何一つ信じられるものはない。それでも何かに浮かされるように夜は更け、結局、克哉はその晩本多にも貫かれ、眼鏡をかけた克哉は御堂をも抱いたのだった。

 

おわり