柘榴飴:前半 <克哉×克哉>
鬼畜眼鏡発売1周年記念 フリー配布SS。
どこか涼しげな笛の音が、ムッとする暑さを軽減してくれている心持ちのする夕暮れ時。ありえない事ではあるが、可能性がない訳ではない二組の人間が、夏祭りのために沿道いっぱいに露店が広がった通りを歩いていた。
「浴衣のあんたも、なかなかにそそるな。」
「ば・・・何を言うんだお前は・・・!」
こつまらないという表情をしながら内心ワクワクしながら祭りの雰囲気を楽しんでいたはずの御堂が、ものすごい勢いで克哉を振り返った。あまりの勢いに、周りをすれ違おうとした家族連れがぎょっとして御堂を見た。はたとその視線に気がついたのか、わざとらしくコホンと咳を一つした御堂は、冷静を装って克哉に釘を刺した。
「・・・今夜は、お前がどうしてもと言うから着てやったんだからな。」
「はいはい、分かってますよ、御堂さん。」
ニヤニヤとしたタチの悪い笑みを眼鏡の奥で光らせた克哉は、そこまで言ってから急に御堂の耳元に口を寄せた。
「分かってますから、そんな猥らに頬を染めないで下さい・・・ここで襲いますよ?」
「っ・・・!」
言ったついでに耳朶をほんのかする程度に舐め上げられ、今度こそ真っ赤になって耳を押さえ、御堂が克哉からばっと離れたその瞬間であった。どふっと鈍い音がして、御堂は大柄な通行人と勢いよくぶつかった。
「すごい夜店の数だな、克哉!」
「あ・・・ああ、そうだな本多。」
少々呆れ顔の克哉が、子供のようにはしゃぎまくる本多を後ろから見ていた。
「あ!あれもやろうぜ、克哉。」
「え・・・オレはいいよ・・・」
克哉は今晩、この異様に高いテンションの本多に振り回されっぱなしで少々疲れていた。それもそのはず、克哉の手には、金魚すくいの戦利品、何やら果実の入った飴、型抜きで不器用な本多が作った何とも言えぬ物体、焼きそば、焼きとうもろこし、挙句の果てには綿飴にカキ氷まで握らされていたのだった。当の本人はと言うと、迷惑とも言えず困り果てる克哉なぞ見えていないのか、さらに持ち物の増えそうな射的をやろうと浴衣の腕をまくっている。もうこうなっては誰にも本多を止められない。
『あぁどうしよう、もう腕がダルいんだけど、どれか捨てても本多は気がつかないんじゃないだろうか・・・』
などと盛大なため息をつこうとした克哉は、疲れをせめて甘いもので癒そうと、先ほどから持たされている物の一つ、何か赤い果実をくるんだ飴に舌を這わせた。
空はすっかり闇色に近くなり、露店の明かりはぼんやりとしており、オレンジ以外の色彩感覚を奪っていく。そんな中、その飴はまるでルビーのように赤々と美しく、何かに惹き込まれるように克哉はそれを口内に招き入れた。口の中には甘ったるいばかりの感覚が広がるものだとばかり思っていた克哉は驚いた。意外にも、それほど甘くない。甘くないというのは語弊がある。甘いのだが、酸っぱいのだ。ぴりっと舌を焼くような、唾液が溢れてくるような、それでも瑞々しいその味は、どこか近い過去にも味わった事のあるような不思議な感覚を克哉に与えていた。そんな飴を咥えながら、ぼんやりとしていた克哉に、
「やったぜ!ほら、見てくれよ克哉!」
と大声を出して本多がおおげさに振り向いた。その瞬間、克哉の目の前で、本多は通行人の一人とものすごい勢いでぶつかった。
「っ痛・・・」
「御堂!」
「わっ・・・すんません!」
「本多!」
ただでさえ大きな本多と、最近富みに華奢になってきた身体とをぶつかり合わせて負けるのはぶつかられた相手に決まっていた。まるで弾かれるように眼鏡をかけた克哉の胸元によろめいたのは、知り合いも知り合い。取引先の上司、御堂だった。
「な・・・な・・・!」
まだ衝撃から立ち直れずにくらくらする頭を抱えて克哉にもたれかかったままの御堂と克哉を見て、克哉は声も出なくなっていた。
「っと、大丈夫っすか?すんません、本当に・・・ってアンタ!」
そんな克哉とは逆に、ぶつかった事に大慌てして、少しパニックになっていた本多は思わず叫び声を上げた。
「御堂部長!」
「・・・君は確か・・・」
犬猿の仲の二人である。呆然とする克哉の目の前で、当然のように口汚く大人気ない言い争いが始まった。
「本多とか言ったか。通行の邪魔だな。」
「なんだと!・・・御堂さん、アンタ、あんだけ毎日書類と顔を突き合わせておきながら何だその呼び方は。」
「名前なぞ単なる記号に過ぎん。どう呼ぼうが私の勝手だ。」
「んだとぉ・・・眼鏡の克哉なんか連れやがって!ざまぁみろ!」
「何がいけない。眼鏡をかけた佐伯は優秀だぞ。お前のところの佐伯くんはどうだ?これほど有能ではあるまい。」
唖然としてツッコミきれない克哉と、ニヤニヤとその行方を楽しそうに見つめる眼鏡の克哉の二人の間では、徐々に本多と御堂の言い争いが危ない方向にシフトしていった。
「有能有能ってなぁ、その眼鏡に克哉が負けるとでも思ってんのか?どうせその眼鏡に好き放題色々やられてんだろう。」
突如、御堂の頬がカッと赤く染まった。
「な・・・な・・・」
「だろうな、こっちの克哉は可愛いぞ。もう信じらんねぇくらいエロいしな。」
それを聴いた瞬間、御堂の目が据わる気配がした。そしてこうなったからには、放送禁止用語が飛び交うこと間違いなしだった。
「フン、そちらの克哉がどうだか知らんがな、こっちの克哉は×××××が×××××なんだぞ。」
「っつ・・・そ・・・そんなことで負けるかよ!克哉はな、×××××が×××××で×××××なんだよ!」
「だからまだ君は青いと言うんだ。それならば×××××な克哉を見たことがないんだろう。」
「な・・・!そ・・・それはちょっと・・・」
御堂の卑猥な言葉に思わずうっと口元を押さえて後ずさりした本多に、タイミングを得たりと、克哉は思いっきりツッコミを入れた。
「ちょっと待てよ本多!それにいいかげんにして下さい御堂さん!」
「あぁ?今いいところなんだ、黙っててくれ。」
「いいところって何だよ!やめてくれよ、恥ずかしいだろ!」
「君は黙っていたまえ佐伯くん。こちらの克哉を見習ってな。」
「御堂さんまで・・・なあ、本多ってば!突っ込むべきところはそこなのか?オレ・・・オレがもう一人いるんだってば!そっちに突っ込めよ!」
「「うるさい!」」
二人揃って、克哉の言う事など聞いてはいなかった。そして、その妙にハモった声を聴いた瞬間、克哉の中でも何かがプツリと音を立てて切れた気がした。
「もういい!あんな二人なんかほっといて、もう行こう!」
「いいのか?本当に。後悔しても知らんぞ。」
「いい!」
「そうか。お前がそう望むなら、俺はいつでも相手してやるよ。」
腹が立って現実も非現実も、既にどうでも良くなっていた克哉は、眼鏡をかけた克哉の腕をぐいぐいとひっぱって、御堂と本多から離れていった。
柘榴飴:後半へ続く |