指先  <克哉×片桐>

 

 ある晴れた日曜の午前の事だった。昨晩は一度だけという約束で克哉に身体を許した片桐は、やはり今朝は元気だった。いつもなら週末になるのを狙いすましたように克哉が無茶苦茶に近いほどに抱くか、壊れるかと思うほどに焦らして片桐を疲弊させてしまうかで、大抵二人で迎える日曜の朝の片桐は、言葉も出せないほど疲労困憊していた。しかし今日は余力を残していたからか、克哉が最近頻繁に見せるようになった優しさと言うよりは甘さで、朝からすっきりと目を覚ましていた。ただし片桐は、克哉に布団からは起き上がらせてもらえてはいなかった。畳の上には、申し訳程度に二組の布団。片方は昨日の残骸と化していて、もう片方に今、片桐と克哉はぎゅうぎゅう詰めになって寝転がっているのだった。

 

 さっきから片桐は、布団に入っているとは言え素っ裸の状況にもじもじしており、逃げ出そうとしては克哉の腕に抱え込まれて引き戻されていた。その仕草がまるで片桐に甘えているようで、片桐は克哉にばれないようにそっと微笑んで目を閉じ、克哉の好きにさせる事にした。ふっと、頬を優しく指で撫でられた気配がした。ぱちっと目を開けると、そこには片桐の前髪を一房つまんで弄ぶ克哉の指先が見えていた。白くてすらっと伸びた長いその指先はとても綺麗な曲線を描いていて、片桐はそんな些細な感動を伝えたくて、言葉が口を零れ出るのに任せた。
「君の指先は、とても綺麗ですね。とても繊細で、すらっと長くて、僕とは全然違う。」
突然言葉を紡ぎだした片桐に、一瞬動きを止めて目を見開いた克哉だったが、低く節をつけて歌うような、耳に心地よい片桐の声にそっと耳を傾けた。
「僕に触れる君の指先は、とっても優しい事、知っているかい?そんな指先に触れられると、僕はもうどうしようもなくなってしまうんだよ。今この瞬間が、終わらなければいいのにって、嬉しいのに寂しくて、泣きたくなるんだよ。」
そう言いながら、片桐は先ほどからゆっくりゆっくりと片桐の髪を梳いていた克哉の指先をそっと握り返した。それを見て、今度は克哉がそっと微笑んだ。
「これはあんたのものだ。思う存分、堪能すればいい。」
最近よく零すようになった甘い言葉と共に、克哉が年上の恋人を抱き寄せようとした瞬間、くしゅんと片桐が年齢に見合わないほど可愛らしい、小さなくしゃみをした。今まで優しい瞳をしていた克哉が、ふと眉をひそめて片桐を見た。
「おい、もっとこっちに寄れ。風邪でもひかれたら俺が困る。」
「え・・・じゃあ、下着とパジャマを着させてほしいんですけど・・・」
先ほどからそうさせてもらえないおかげで寒いと、遠まわしに言ってみた片桐だったが、次の言葉でそれが叶わぬ願いだと悟らざるをえなかった。
「駄目だ。あんたにパジャマなんて与えたら、冷えるとか言って裾をズボンに入れたり、あまつさえそいつを臍の上まで引っ張り上げたりするに決まってる。」
「だって・・・寒いから・・・」
いつまで経っても片桐は克哉の美的感覚など知りもしないが、どうせ理解したところでどうなる訳でもない。片桐とはそういう男だし、今の状況がそんなに悪い訳でもない。しょうがないなと言うように、克哉は諦めてふっと笑った。
「だからこっちに寄れと言っている。」
そうして強引に片桐の身体を引き寄せた。

 

 ふわりと身体をその両腕に包まれた片桐は、慣れた体温に安心して、もう陽も昇ってきたというのに二度寝をしようとした。だが、太腿に覚えのある感触が押し付けられるのを感じて眠気は吹っ飛び、そして思わず上ずった声をあげてしまった。
「あの・・・克哉くん・・・?」
「何だ。」
そこには、優しい表情ではあるものの、目に獣のような色を映した男がいた。
「えっと・・・その、あの・・・えっと・・・ですね・・・」
実に言いにくそうにもじもじしていた片桐だったが、克哉が何も言わずにその先を目で促すので、とうとう居た堪れなくなったのか悲鳴のような声を上げた。
「ぼ、僕の足に何か、当たってるん・・・だけ、ど・・・」
最後の方は消え入りそうに小さな声だった。もう本当に今更なのに、真っ赤になって俯き、目を逸らす片桐に、片桐に当たっているそれは硬度をさらに増したようだった。片桐が慌てて足を動かして逃れようとすると、克哉はニヤリと笑いを含んだ声で今度は意識的にそれを押し付けて、耳元に囁いてきた。
「しょうがないだろう?あんたが可愛すぎるんだ。」
「可愛いって・・・こんなオジサンに言う言葉じゃ絶対にないよ・・・」
もう半分くらい諦めたようなそのやり取りは、今までも幾度となくやり交わされてきたものだった。飽きずに克哉はそれを言葉と指先でなだめすかして、片桐の口を、謙虚すぎる言葉を、他の何かに置き換えて塞がせた。今日は、それが快感という名の強力な手段だった。
「ほら、あんた、俺の指が好きなんだろう?こうやって、触られる事も・・・」
ひいっと悲鳴を上げて、今度こそ本当に逃げようとする片桐をまた捕まえて、克哉は力を失っている片桐のそれに指先をそっとあてた。
「ちょっと・・・待ってくれないかい・・・」
「昨晩はあんたの出した条件を守って一回だけで終わらせてやったんだ。」
片桐の言葉に重ねるようにそう言ってきた克哉に、さらにここで口を出すとろくな事にならないと痛いほど学習している片桐はぐっと黙り込んで克哉の出方を待った。
「今朝は俺のいいようにさせてもらう。なあ、稔さん。まだ今日いっぱいは休みだ。足腰立たなくなっても、俺が全部世話してやる。」
耳の中にそっと注がれた甘い言葉と熱い吐息に、片桐は無駄な抵抗を捨ててこっくりと頷き、今日一日は克哉の指先を存分に感じていようと観念した。

おわり