チョコ 2 <御堂×克哉>

 

克哉は慌しく御堂にレンタル衣装店に連れ込まれ、パーティーが始まるまでに、とりあえず上から下まできっちりとしたタキシード姿になっていた。タイやチーフ、カフスなどは御堂のものを借りて、靴だけは新調した。しかしあまりにこういったものに慣れない自分と、まさに借り物の衣装に、克哉はもうそれだけでどこかに穴があったら入りたいような気分になっていた。パーティー会場では、まるで世界の違うように見える人々がタキシードやドレス姿で、それが当たり前の服装のように闊歩している。マスコミのカメラも入っているので、克哉は自分が撮られている訳でもないのにさらに無駄に緊張してしまっていた。

ずっと場の雰囲気と慣れないタキシードに緊張しまくっていた克哉が、パーティーから開放されたのは夕食の時間よりは明らかに遅くになってからだった。冷え込んだ夜風も強いだろうに、花火を見るため、まだ甲板には人が残っていた。しかし、数時間ですっかり疲弊していた克哉をちらっと横目で見ていた御堂が、少し取り計らって早めに部屋に帰れることになったのだった。

今日がバレンタインの当日だと分かりきっているはずなのに、御堂にチョコをプレゼントしようなどという考えがすっかりすっぱり頭から抜け切っていた克哉だが、やっとタイを外して部屋でほんの微かに揺れを感じるほどのベッドに腰掛けた瞬間、はっとその事に気がついた。
「どうしよう・・・オレ、チョコを用意しようと思ってたのに・・・すっかり忘れてた・・・」
「何を忘れていたんだ?」
思わず心の呟きが口に出てしまった克哉が青ざめていると、すぐ側から御堂の声がした。
「み、御堂さん!」
ドアがノックされた音にも、それが開いた音にも気がつかなかった克哉には、突然御堂が部屋に現れたように思えた。そしてそこには上着とチーフを取り外して、ややラフな格好になった御堂が立っていた。びっくりしたのと呟きが御堂に聞こえてしまって取り繕えなくなっている克哉は、しどろもどろになりながら御堂に素直に事実を告げた。
「あの、今年のバレンタインは、その・・・オレが御堂さんにチョコを贈ろうと思っていたんです。日ごろの感謝と、それからその・・・貴方への、気持ちを込めて・・・」
最後の方は決して小さいとは言えない長身の身体をちぢこませ、俯いた状態でぼそぼそと告げられた。もう付き合い始めてそこそこに長いと言うのに、まだそんな真っ赤になってそんな事を言う克哉を微笑ましく思いながら、御堂は少しだけ唇の端に笑顔を浮かべて言った。
「君の気持ちなど分かっている。だが、君が用意してくれようとしたのならそれでいい。たとえパーティーと仕事で忘れていたとしてもだ。」
先ほどから俯いたままで、御堂の笑顔を見ていない克哉は、それが咎められたのかと勘違いして反射的に謝っていた。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
今度こそ、御堂がほんの少しだけ声をたてて笑った。
「君が忘れていた事を責めている訳ではない。それにチョコレートが気持ちを伝える小道具だと、世間が騒ぐならちょうどいい。ここにそんなものがある。」
「え・・・?」
思わず笑い声につられて顔をあげた克哉の目の前に、品のある落ち着いた雰囲気の包装をされた小箱が差し出された。
「あの、これ・・・」
チョコレートを用意していたのは御堂だった。
「取引先から聞いた腕利きのショコラティエのトリュフチョコレートだ。私はウイスキーはほんのたしなむ程度だが、上物を使っているらしく、香が良い。君もどうだ。」
克哉に、文句などあるはずもなかった。 

つづく。