サービス残業 2 <克哉×克哉> 

 

「ん・・・あっ・・・!」

明るいままの資料室に、克哉の喘ぎ声が小さく響いていた。はっはっと浅い呼吸をするたびに、下半身から粘着質を帯びた水音が聞こえてくる。克哉は背後から自分と同じ体温の持ち主にその身を抱かれ、他には後ろからの自分であるはずの男の押さえたように零す吐息しか聞こえない。それがまるで自分で自分のものを弄っているような感覚に思えて、克哉は一瞬我に返りそうになった。その隙を見計らったかのように、耳の後ろから生暖かい感触が与えられた。
『お前は一人じゃない。俺がいるだろう?ほら、もっと声を出してもいいんだ。誰もいない・・・俺以外はな。』
べろりと克哉の耳を舐め上げながら、眼鏡をつけた克哉は笑みを含んだ声を克哉の耳に吹き込んだ。
「そ・・・んな・・・明かりだって・・・はずか・・・し・・・んっ!」
ぞくぞくするような自分の声に、克哉は思わずぶるっと身を震わせた。
『何だ、感じたのか。急に狭くなったぞ。』
「馬鹿っ・・・!そんな訳な・・・」
『本当にそうか?お前は明るい所でこうやられるのが好きなんだろう?後ろから、こうやって・・・』
言葉の合間に、後ろから激しく突き上げられ、克哉は思わず甲高い悲鳴を漏らした。
「ひあっ!」
『獣みたいに犯されるのが、本当は好きで好きでたまらないんだろう?』
「ちが・・・」
『違わないだろう。無茶苦茶にされればされるほど、お前は感じる。お前の事を一番良く知っているのは俺だ。他の誰でもない、この俺だろう?俺はお前なんだ。』
「やめろ・・・お前は・・・オレじゃない・・・」
『お前は俺だ。認めろよ。自分の快楽を。自分の欲望を。自分の淫乱さを。それにこれは見られている。分かるか?』
「見られてるって・・・なに・・・」
そう言った瞬間、克哉の脳が羞恥を嗅ぎ取り、身体の奥がずきんと疼いた。
『そうか、見られている方が感じるんだったな。いや、聞かれていると言うべきか?読まれていると、言った方がいいのか?まあ、どっちでもいい。』
そう言ってゆったりした速度で抜き差しを行う眼鏡をつけた克哉は、徹底的に克哉の弱いところを攻め立てた。
『ほら、お前のここ、さっきよりも随分ひくついているな・・・まるで俺に絡み付いてくるみたいだな。』
「くっ・・・はっ!」
『あぁ、良い声だ。でもまだだ。もっと声を出せ。これはサービスだ。お前の仕事と一緒だ。お前にサービス精神ってものはないのか?』
「お前がありすぎな・・・ん・・・!」
訳が分からないまま、それでも反論をしようとして後ろを向こうとした克哉は、そのまま顎を取られて強引に後ろから口付けられて言葉を全て奪われた。
「ん・・・ふっ、は・・・!」
全ての欲望を剥き出しにしてしまうような、溶けるような深いキス。呼吸もできず、どこからどこまでが自分なのか分からないような、絡めあった舌がただ訳もなく気持ち良く、克哉は瞳が徐々にとろんと潤んでくるのをどうしても止められなかった。
『そう、その目だ。もっと俺を欲しろ。俺に委ねろ。俺を感じるんだ。お前は自分が大好きなんだろう・・・?』
そう言ったかと思うと、眼鏡をかけた克哉は急に動きを激しくした。

 

 動きが変わった自分自身に、克哉は抵抗する術を奪われ、あまりの快感で眩暈がしてきた。
「そんな・・あぁ・・・あっ・・・もう・・・駄目・・・」
ぐらぐらと、視界が揺れている。目の前が真っ赤になって、がくんと前についていた肘すら落とし、腰だけを高く突き上げる格好になって克哉は喘いだ。
「はぁっはっ!駄目・・・き・・・気持ち・・・い・・・い」
ぺたんと床に顔を押し付ける格好になった克哉の視界には、さっき落とした書類の束がバラバラと散らばっていた。
「あぁ、片付けなきゃ・・・」
と思いはするものの、感じるポイントだけを的確に突くその動きに翻弄され、それでも自分の手で与えられる訳ではないそれは強烈な快感となって克哉を捕らえた。どこかから感じる視線と、自分に犯されるこの倒錯的な状況と、誰も来ないとは分かっているが社内と言う背徳的なシチュエーションが、克哉を追い詰め、追い上げ、そして頂点へと導いていった。
『そうだ、素直になればいい。そうすれば、お前にとびっきりの快楽だけを、与えてやる・・・お前だけにな・・・』
「あああぁっ!!!」
呻く自分の声と甲高い叫びと、二つの同じ声が重なるのを聞きながら、克哉は朦朧とする意識をするりと手放して、本当の夢の世界へと戻っていった。

 

 

はっと克哉が目を覚ますと、そこは早朝のオフィスだった。克哉はどうした訳か、上着だけを脱がされ、ズボンと下着が片足に引っかかった格好で、オフィスの床に横になっていた。寝転がったまま眩しい光に目を眇めて視線を動かすと、床にはくしゃくしゃになったネクタイ、自分の椅子には上着がかけられ、デスクには見知らぬ書類の山があった。
「あ・・・あれ?ここ、資料室じゃ・・・」
そしてそこには今までの濃厚すぎる時間とは不釣合い極まりない健全な風景。大きなガラス窓からは朝日が差し込み、隣のビルのロビー前に植えられた大きな木や街路樹からは、小鳥のさえずりすら聞こえてくる。ついさっきまでのアレは何だったのだろうかと思って身体を起こしかけた瞬間、ズキっと腰に鈍い痛みが走って克哉は思わずうめき声をあげてもう一度床に突っ伏してしまった。そして床に手を付いた瞬間に、掌に感じる粘着質の水溜り。
「っつ・・・!一体何なんだ・・・」
自分自身ともう一人の自分の両方に腹を立てながら赤面した克哉が机の中からポケットティッシュを取り出して昨夜のものと思わしき残骸を処理しようとした瞬間、がちゃがちゃとオフィス入り口の鍵が開く音がした。
「ひっ!」
思わず小さな悲鳴をあげてしまった克哉は、慌ててズボンだけをたくしあげ、ネクタイを拾って机の上に投げ、上着を取り上げて床に飛び散る白濁した残骸の上に被せた。
「おや。おはようございます、佐伯くん。土曜日なのに早いですね。」
「お・・・おぉお、おはようございます、片桐さん・・・」
あまりの驚きに声が引っ繰り返ってしまったが、入ってきたのがこの8課の課長である片桐である事に、克哉は内心ホっとしていた。オフィスの入り口と片桐のデスクからは、克哉のデスクの下は死角になっている。それに片桐ならば、朝一番にお茶を淹れに給湯室へ向かうだろうから、ほんの5分ほどではあるが時間が稼げる。そんな事を考えてぐるぐるしていた克哉に、片桐はにこにこしながら話しかけた。
「僕は昨日ちょっとした仕事が片付けきれなくてね、どうしても今日に回してしまって・・・。今週の土日はしっかり休みたかったんですが、寄る年波には勝てず、昨晩はこれ以上できませんでしたよ。」
にこやかにしていた片桐だったが、反応のない克哉の顔を遠くからじっと見つめて首をかしげた。
「・・・?どうかしましたか?顔色が悪いですよ?」
「え・・・あ・・・」
「もしかして、昨日夜遅くまで書類を片付けていて、そのまま泊まったんですか?それで体調でも悪くしたんじゃないですか?」
「え?は・・・」
質問には答えられずに、必死に床のそれの匂いに気が付かれないように目を白黒させる克哉を見て、片桐はにっこり笑って会話を続けた。
「昨日の午後の佐伯くんは、すごかったですからねぇ。何しろ、僕が渡した書類に加えて、先月の売り上げ統計と対策事項まで打ち出して、MGNへの提出書類も作って、本多くんの営業計画の修正までしてくれたんですから・・・」
「は?」
「昨日、僕が帰る時にまだやるんですかって聞いても、キリがつきませんからって、言ってましたよねぇ。その机の上の書類、そうでしょう?」
びっくりした克哉がしどろもどろの状態でデスクを見ると、デスク上に満載された書類の山のてっぺんに、よく見知った自分の字が躍るメモが一枚置いてあった。
『昨日の礼だそうだ。これくらい、作者にしてもらわなきゃ割りに合わんだろうと俺から言っておいた。まあ、お前の能力以上の仕事が出来上がっているのはサービスだ。じゃあまたな。』
「・・・?!・・・えっと・・・そう、ですね。」
眼鏡をかけた克哉の意味不明の言葉に最高潮の混乱に貶められながら、克哉はなんとか笑顔をつくろって片桐の方を向いた。
「大変だったでしょう?ご苦労様でした。では、僕はお茶を淹れてきますね。佐伯くんはそれでも飲んで一息ついたら帰って寝なおして下さい。」
「は・・・はい。」
混乱する頭で考えた言い訳を何一つする暇を与えず、片桐は勝手に納得して給湯室に行ってしまった。呆然とする克哉の頭を叱咤するように、どこかから声が聞こえた。
『ほら、早く拭け。窓は開けておいてやったぞ。』
その声に促されるように見ると、不思議な事に、いつの間にかオフィスの窓と言う窓が全開になって、爽やかな空気が流れ込んでいた。はっとして先ほどのメモをズボンのポケットに突っ込み、上着を取り上げて飛沫をティッシュでふき取り、窓辺に置いてあった消臭剤をこれでもかと言うほどかけ、ネクタイを締め直し、ぐちゃぐちゃになった上着をとりあげてその辺にある紙袋に突っ込んだところで片桐が再登場した。
「はい、どうぞ。コーヒーです。濃い目にいれておきました。人心地ついたらいつでも帰っていいですからね。また来週、頑張りましょうね。」
「はい・・・。」
結局、克哉はありがたく勘違いしたままの片桐の言葉に従う事にした。
「それでは先に帰ります。お疲れ様でした。」
「はい、お疲れ様。」

 

片桐の笑顔に見送られ、克哉はくしゃくしゃになったスーツの上着を手に、克哉はまず資料室に行ってみた。ところが、そこは何事もなかったようにひっそりと存在しており、電気も消えていた。恐る恐る中を覗いても、昨日確かに落としたはずの書類の束やら、きっと汚してしまったはずの床も綺麗なもので、首を傾げつつ克哉はパタンとドアを閉めた。もしかしてここに連れてこられたのは夢であり、実は全部自分がオフィスで致してしまった事だったんじゃないだろうかと克哉が首を傾げた瞬間、笑う声が聞こえたような気がした。
『くくっ・・・またな。』
おかしな事の連続に、もうこれ以上考えても何も答えは出てこないと腹をくくった克哉は、首をふって疑問を振り払い、朝のオフィス街を家路に向かう事にした。

 

ガラガラに空いた電車の中、克哉はあまりの状態で座席に着くことすらできず、ズキズキと痛む腰をさすりながら手すりにしがみついて立っていた。どう見ても自分で書いたとしか思えない筆跡の、それなのに意味不明の書置きを見つめているうちに、克哉の中に行き場のない怒りがこみ上げてきた。それはサービスだか何だか知らないけれど、無茶苦茶してきた眼鏡の自分と、その手腕に完全敗北して身体を任せてしまった自分自身に憤慨しての事だった。
「<俺>のやつ・・・今度出てきたらスーツ、弁償してもらおう・・・」
怒りを、眼鏡の自分からの書置きをぐしゃっと潰す事で鎮めながらそう呟いた克哉は、そこまで考えてはっとした。
「・・・<俺>も、オレじゃないか・・・」
結局、弁償をしてもらおうにも、弁償する本人それ自体も自分自身だと気がつき、克哉は脱力してその場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。
『だから言っただろう?お前は俺だってな。』
「そんな・・・」
思わず涙さえ浮かべてしまった克哉の耳には、どこかから、いるはずのないもう一人の自分の、無駄に嬉しそうな笑い声が聞こえてくるようだった。

おわり

 

 

さて、いかがでしたでしょうか。煩悩のままに書きなぐった克哉×克哉小説。少しでも楽しんでいただけたでしょうか?こんな煩悩まみれのこのサイトも、十万ヒットという区切りを付けられて本当に嬉しく思います。いつも見て下さっている方、WEB拍手して下さる方、応援して下さる有難い方、本当に皆様ありがとうございました!これからも忙しい日々が続きますが、忙しさに負けず、常に萌に忠実に驀進していきたいと思っております。それではまた、次回作等でお会いできる日を楽しみにしております。             ものと。