堕ちていく 御堂編 <克哉×御堂> (BESTエンド前) どこかの心理学書にこんな事象が記してあった。愛しているからこそ、愛する者に虐げられる痛みに耐えられるのだと。誰が書いたものだったかは、分からない。ただ、こんなエピソードだけが語り継がれている。その学者は人知れず死んだ。愛を捧げ、愛を貫き、愛故に痛みを享受した、その愛の対象である少年に嬲り殺されて・・・ 御堂は憎もうとしていた。理解し難い痛みを与える、克哉を含む世界の全てを憎もうと。もしくは、蔑もうとしていた。許容し難い屈辱を与える、克哉のいるその世界を。だが、何かが御堂を少しずつ蝕んでいった。克哉の手に身体が怯え、瞳には恐怖が宿っていた。止めようとしても、止められなかった。克哉に与えられる無慈悲なまでの快感ですら、いつの間にか甘い毒のように御堂の全身を、心を侵していった。 時が過ぎ、御堂は監禁されてから幾日になるのかとうの昔に分からなくなっていた。想像を絶する快感と屈辱を与え続けられた結果、御堂は感情と思考の回路が狂いつつあった。自分が幸福なのか不幸なのかすら、曖昧になってしまった。否、分からない事を自らの脳に命じた。分からない事が唯一の御堂の幸せだった。どうしてこの痛みに耐えられてしまうのか。それを考えてはいけなかった。それが今の御堂にとってのたった一つの真実だった。 壊れた御堂にとっては、克哉は世界の全てだった。神にも等しい存在だった。しかしそれも幾許かの限られた時間でのみの事だった。涙を最後に流した後、御堂は克哉の望む墜落とは、全く別の生き方を選んだ。心の全てから克哉という存在を抹殺する事を。そして御堂の目には何も映らなくなった。世界も、自分も、そして克哉さえも。世界の存在しない御堂に、世界の全てである克哉は存在しえなかった。 それでもまだ、何かを感じた。温かい何かを。御堂の意識が浮上した瞬間、急速に世界が音を取り戻した。 「もっと早く あんたの事が好きだって気付けばよかった・・・」 それはまるで、呪縛を解き放つ清浄な言霊のようだった。なくしたはずの感情と世界が、眩暈がするほどの速度で戻ってきた。何を言われたのか、頭が追いつかない。ただ、感情だけが心から溢れ、動く事も声を出す事もできなかった。色褪せた世界に、急激に色彩が施された。この淫具が殺風景に転がっているだけの部屋に、信じられないほどの美しい色が。深い夜に光が差し込んだ。戸惑う心に、残酷なほど容赦なく、感情が溢れて止まらなくなった。 それは滑稽ですらあるほどの、単純な感情。最後に克哉が与えた仕草、そっと撫でていったその手。世界をなくし、再び色を取り戻させた存在が、狂おしいほど心を占めていた。拒み続けたそれだけが、唯一の存在になっていた。たった一言で世界が変わった。そしてその全てが、一つの答えに導かれていった。御堂は、克哉を愛していたのだ。 二人は哀れな学者と愚かな少年と同じではなかった。違う道が開けていた。それは、御堂にはまだ分からなかったが、ただ漠然と感じられた。堕ちた先に、道は繋がっていたのだと。どこまでも堕ちていく自分と同じ場所に堕ちていった、愛しい男の存在がそこには待っているのだと。 おわり |