堕ちていく 克哉編 <克哉×御堂> (BESTエンド前) 

 

どこかの心理学書にこんな事象が記してあった。愛しているからこそ、愛する者を虐げる心の痛みに耐えられるのだと。誰が書いたものだったかは、分からない。ただ、こんなエピソードだけが語り継がれている。その学者は若くして死んだ。愛を説き、愛を貫き、愛故に傷付けた、その愛の対象である少年に殺されて・・・

 

堕ちて来るはずだった。御堂をここまで、自分の手元まで落とすための手段のはずだった。だから克哉は御堂を傷つけていたはずだった。いつの間にか、目的が迷走していた。どうして自分はこんな事をしているのか。頭で理解していても、身体だけが暴走していた。まるで何か自分の大切な心の部分をすっぱりと切り取られ、御堂に持っていかれているようだった。それは心臓を失った生き物のようだった。生きながら死んでいる。それ故、克哉は思った。いつかどこかで御堂に殺されたとしても、自分は全てを受け入れるのだろうと。そしてその感情は一体何なのか。まだ克哉には分からなかった。分かりたくもなかった。そこまで考えて、克哉は自分を嘲り笑った。

時が過ぎ、御堂を監禁してから幾日になるのか克哉にすら分からなくなっていた。御堂にとって、克哉は世界の全てになるはずだった。世界の全てを克哉に仕立て上げたはずだった。唯一、それは神にも等しい存在。一身にその心を捧げるべき存在。それなのに御堂は拒絶し続け、そして壊れてしまった。克哉の心から、何かが落ちる音がした。何も映らなくなった御堂の目が、その涙が、克哉を何かから開放した。心が、騒いだ。それ故、克哉はそっと御堂を抱きしめ、そして呟いた。

 

「もっと早く あんたの事が好きだって気付けばよかった・・・」

 

後悔と言う名の、眼鏡をかけた克哉には未知の感情が押し寄せていた。どうしてこんな酷い事ができたのか、許されざる行為に及んでしまったのか。どうしてそれを止められなかったのか。御堂の悲鳴が鼓膜を震わせる度、確かに克哉には、罪悪感と疑問、疑念、ありとあらゆる負の感情が押し寄せていた。下らないと思っていたそんなものが、確かに克哉の心の中に浮かんでいた。しかし、克哉はその苦しみにも耐えられていた。否、むしろそれを求めてしまっていた。何故か。決まっている。愛しているからだ。

今なら分かる。理解できる。そう、愛しているからこそ、克哉は罪悪感に耐えられたのだった。惨い事をしてしまったという、果てのない心の痛み、克哉を縛り付ける執着の意識。それを乗り越えられたのは、御堂に対する愛があったからだ。例えそれが愛だと気がつかなくても。愛する思いがあったからこそ、克哉はどんな酷い事でも行えたのだ。感情の動かないものには、関わる価値などない。傷つけるなど何の意味もない。だが、克哉は御堂を愛していた。それだけが、今存在する唯一の答えだった。

 

二人は哀れな少年と愚かな学者と同じなのだろうか。それとも、違う道があるのだろうか。克哉には分からなかった。ただ克哉に感じられたのは、どこまでも堕ちていく自分と、同じ速度で堕ちて来る、決して自分と交わらない、愛しい男の存在だけだった。

 

御堂編に続く。