仲直りの方法  <克哉×御堂>

 

 

「もう君など知らん!」

御堂の怒鳴り声がキンと耳に突き刺さるほどに響き渡ったここは、御堂と克哉の立ち上げた会社の社長室。今この部屋には御堂と克哉、そして会社設立当時から二人に付いているベテラン男性秘書が一人と、社長付になってまだ1ヶ月の新人秘書の計四人だった。先ほどまでは、確かに御堂と克哉は仕事の話をしていたはずだった。内容は今期予算内設備投資についてだった。御堂と克哉が仕事の面で対立して言い合う事は日常茶飯事ではあるが、御堂が声を荒げる事は珍しく、新人秘書が社長付に配属されてからこれが初めての出来事だった。突然バンッと机を叩いて椅子から立ち上がり、克哉を睨みつける御堂の行動に、新人秘書は自分が怒られている訳でもないのに思わずびくっと身体を震わせた。思わず新人秘書は仕事の手を止め、視線だけを無理矢理動かして先輩秘書を探した。どうしたらいいのかと解決策を強請るように。すると視線の先にいた先輩秘書はやたらと落ち着いており、『まあ見てろ』とでも言いたげに目配せしてきた。しかしおろおろする新人秘書を横目に、片方はヒートアップしてゆきもう片方は実に楽しそうにしている。もちろん、楽しそうにしている方が克哉であった。

新人秘書には、少しだけ御堂の気持ちが分かるような気がした。克哉の言っている内容は、大方正しい事ではあるが、どうしても強引さと各方面からの批判が大きそうな案であるのだ。しかし御堂がそれに対して妥協策や他の提案をすると、さも楽しそうに意見を片っ端から潰していくのだ。最初は二人の意見はどちらももっともだと聞いていた新人秘書だったが、どうやら克哉の態度は御堂を怒らせる事が目的のような気がして仕方なかった。明らかに克哉は御堂を煽っている。しかも顔は真剣なのに、目だけは確実に笑っているのだ。そして御堂が熱くなればなるほどその様相は崩れて、御堂が完璧に怒り始め、カッと赤くなって怒鳴ってしまった今では、克哉の唇は完全に笑みの形になっていた。新人秘書にはもうこの状態をどうしたらいいのか分からないし、次の会議の時間は迫っているし、克哉はどんどん楽しそうに、御堂はどんどん真っ赤になっていくと言うのに先輩はどこ吹く風だしで困惑の極みにいた。

 会議まであと十分と迫って、新人秘書がどうしようかと本気で悩み始めた途端、先輩秘書が空気を全く読まずに社長二人に声をかけた。
「社長、申し訳ありませんが、もう会議の時間が迫っております。」
ひぃっと息を呑んで青ざめた新人秘書を尻目に、先輩はしれっとした顔をしていた。すると、御堂がきつい目つきのまま秘書を省みて、一瞬その瞳に映る険を引っ込めた。
「そうか、分かった。もういい。君たちは先に行きたまえ。私はこの分からず屋とちょっと話がある。」
「了解いたしました。では失礼します。」
手馴れたもので、そのまま返事をすると、先輩秘書はまだ呆然としている新人を連れて社長室を後にした。
「すぐに行く。会議には遅れはしないだろうから、そのつもりで準備は進めておくように。」
去り際にそう秘書達に告げた克哉の声は、やたらと上機嫌で浮かれたような声だった。

   

半ば御堂に追い出されるように社長室を出た秘書二人は、克哉に命じられた通りに会議の準備を進めた。新人秘書には、どうしてもあの口論がたった十分で決着を見るとは思えなかった。しかしきっかり十分後、二人は予告通り会議室に現れた。御堂の方はまだ顔を赤くしており、多少不機嫌な声ではあったが、もう克哉に対して怒っているというそぶりは見せなかった。克哉と御堂は既に、普通に会議の準備のために会話をしていた。それに安心しつつも疑問が胸に渦巻く新人秘書は、そっと先輩ににじり寄って小声で質問をしてみた。
「あの・・・社長たちは一体どうなったと言うんでしょう?もう、仲たがいしているようには見えませんが?」
「ああ、君も、あと少しすれば分かるようになる、さ。・・・そのうちな。」
そう言った訳知り顔の先輩秘書の少しだけ複雑な微笑みに、これからの生活に一抹の不安を抱えざるをえない新人秘書だった。

 

彼が克哉と御堂のキスシーンを目撃してしまい、克哉に半ば脅される形で真実を知るのは、あと少しだけ・・・先の話。

 

「その十分間」に続く。