鬼畜眼鏡をフルコンプする前は、きっとMr.Rは克哉より前に眼鏡を誰かにもらった被害者たちで、次に眼鏡を渡す人を決めなければいけない運命なんだと想像してました。で、渡した人が眼鏡にふさわしくないと、眼鏡に取り込まれ、永遠に眼鏡の呪いから抜け出せられずに年を取ることもできないんだとか。そして、きっと克哉が誰とも結ばれなかったらMr.Rみたいになって、将来誰かに眼鏡を渡すBADエンドがあるに違いないと信じていました(笑)どんな妄想力!そんな「R」たちの不思議な完全パラレルストーリー。どうぞお楽しみ下さい・・・

 

題名のない世界

 

 

それはいつから始まっていたのだろう。この奇妙な捩れの輪廻は。ただの眼鏡である物質が、時に熱くときに冷たく人々を惑わせ、狂わせ、そして変化させてゆく。それに取り付かれて名を忘れ、いつしか「R」となった身には、もう何も分からなかった。ただ、時の刻む快楽と、人々の愚かしさを悦楽とする至上の時が目の前にあるだけだった。

 

 「R」は気がついていた。狂ってゆく自分と、狂ってゆく時間に。「R」には分かっていた。強い感情が、この呪いのような世界を解き放つ。怨まれる事も、愛であると言えよう。しかし遠い昔、誰とも結ばれず、誰にも殺されるほどの強い情念をも持たれる事なく、知らぬ間に眼鏡に支配されてしまった。もう、個だった意識はなく、ただ眼鏡とその世界に存在し、他の誰かに支配される日を待ち望んでいるだけだった。

 

 「R」はもう、自分が何のきっかけで、どうして眼鏡を手に入れ、何がいけなくてこうなってしまったのか分からなくなっていた。分かる事は、暗闇の世界に身を置き、ただ出来る事と言えば妖しげな空間に生き、身を焼き殺す火に集まり群がり死んでゆく虫たちのように、この空間に飲み込まれていく人間をいたぶり、全てを吸い取るだけだった。

 

 気がつくと「R」は、誰か分からない、ずっと前から「ここ」にいる誰かになっていた。そしてまた、手元には眼鏡。それは、支配にふさわしい人物を求めて存在していた。一体、何人の意識が混ざり合い、混沌としているのか。永遠に続く、回り続ける世界。もう、ここからは抜け出せない。永久に。

 

 ある日、眼鏡が二つになっていた。こういう事は今までにも何回もあった事。「R」には分かっていた。この眼鏡を支配するにふさわしい誰かがそれを使いこなすことができれば、この眼鏡の支配は終わるのだと。ただ、その誰かが見つからなければ、また眼鏡にその人間が取り込まれるだけ。大勢の「R」の一人にまた新たな意識が加わるだけ。それもいつしか過去の「R」たちと混ざり合い、溶け合い、全てが曖昧模糊とした世界になるだけ。永遠に続く、闇の世界がまた一つ、濃くなるだけ・・・

 

 

 それは、美しく桜の花弁が舞い落ちる日だった。けぶるような淡いピンクの嵐の中に、「R」はその男を見つけた。運命にふさわしい男を見つけた。否、まだ男とは呼べまい。幼く整った顔をした少年を見つけた。

 不思議だった。今まで何人の人間にこの眼鏡を渡し、その人間を壊し、そして自分も壊れてきたのか分からない。そのたびに、今度こそはと言う願いと、再び来る破壊の愉楽が混沌として押し寄せて来ていた。それなのに、今、目の前にいる非力な、自分の感情に押し殺されそうになっている少年に感じるのは、ただ確信だった。

 この方が、私を終わらせてくれる。この輪廻を支配し、眼鏡の、この麻薬とも悪魔とも言える力から全てを開放してくれるのだと。そして「R」は接触した。次の「R」となるやも知れぬ「佐伯克哉」という男に。眼鏡に過去を吸い取らせ、男を変化させ、そして来たるべき日までの間、自分と眼鏡をその記憶からそっと拭い消した。今まで何度もしてきたのと同じように。

 

 

 「佐伯克哉」の眼鏡と、その日々を見る。それは快楽だった。自分では成し遂げられなかった、否、今まで誰も成し遂げられなかった支配を、目の前にいる男が訳もなく為してゆく姿を見るのは。

 ただ、「R」はこう思いもするのだった。この男が、自分の意識に混ざり込むのならば、それは大きな変化になるのだろうと。それは強烈な快感を与えるのだろうと。例え今の自分の意識が消えたとしても、この男も一緒になったら、どれほど良いのだろうと。故にか、声に笑みが浮かぶのが止められなかった。

 眼鏡に変化が起こった。誰かが、男に強い意識を向けているのが分かった。それは強烈な変革だった。誰かを惹きつけてやまないその男。憎悪と希望と友情と破壊と絶望と。あらゆる感情が混ざり合い、眼鏡に力を与え、そして男にも力を与えていった。それは愛だったのだろうか。男自身にも分からない感情のそれは眼鏡の力を打ち砕き、いつしか男が眼鏡を支配していた。待ち望んだ支配。「R」は、見ているだけで背筋がゾクゾクするような快感を覚えた。快楽に、涙が出そうになった。

そこには、笑顔と幸福があった。「R」たちには決して得られなかった至宝の時が、そこに確かに存在していた。そして、「R」は自らの意識が少しずつ薄れていくのを感じた。他の誰かと混ざり合う時とは決定的に違う。意識に無が混ざり込んでゆく。存在が曖昧になる。空間が歪み始める。思考が、散らばってゆく。もう、この支配は終わろうとしていた。全てを無に帰す。やはりこの男は、そういう男だった。最初に感じた確信が今、現実になっていた。

 

 

 ふと、「R」は口を開いた。自分の最期を悟ったのか。何かを残したかったのか、何を誰に伝えたかったのか。誰にも聞こえないその言葉は、ただそっと紡がれ、そして暗闇に堕ちていった。

「私の役目は、これで終わりです・・・。そして、私の人生も。長かった・・・。最期に、楽しませてもらいましたよ。佐伯克哉さん。さようなら、そして私の眼鏡も。さようなら。」

 本当にほしかったものは、何だったのだろう。支配なのか、死なのか、平穏な下らない毎日なのか。それは、分かっているのに届かない果実。目の前にあるのに触れられない幸せ。それが全て、終わって、消えてゆく。この暗闇の下に。天垂の糸は、ここまでは届かない。全ては夢中夢。そして「R」は、意識を手放した。全てを包み込む、虚無の世界へと。

 

おわり