絶対的既視感 7・理由

 

「その後、私もリベザルと同じように、秋の後を付いて行く事にしたんだよ。」
すると、今まで黙って、手を握り締めて話を聞いていたリベザルが顔を真っ赤にして叫んだ。
「師匠!酷いです!どうして殺すだなんてそんな事を言ったりしたんです!師匠は俺を助けてくれたじゃないですか?それなのに、どうして兄貴ばっかりそんな・・・」
「僕は別にお前を助けたつもりもない。ザギもな。」
「そんな・・・」
再び言われたその言葉に、自分だけではなく兄貴と慕うその存在までもが否定されたようで、ショックを受けたリベザルが今度は顔をほんの少し青ざめさせた。
「・・・秋。そんな事、わざわざおっしゃらなくても分かっています。」
そしてそっと冷めたリベザルのホットミルクのカップをトレーに戻してからリベザルの頭にぽん、と手を置いた。
「怒ってくれてありがとう、リベザル。でも、私はそれでも秋に助けられたと思っているよ。それに、秋がそんな事を言うのは・・・」
「余計な事は言わなくてもいいと、いつも言っている。」
軽い口調なのにその場を支配するような圧迫感。それとほんの少しだけ感情の起伏を示した秋の瞳の中の光にそっと微笑んで、座木はそれを了承した。
「はい、分かりました。」
そしてまだふくれっ面でいるリベザルに、ふわっと微笑みかけた。
「私はそんな風に私の事を思ってくれるリベザルが好きだよ。でも、大丈夫。それでも私はここにいるのだから。」
一瞬、座木が何を言っているのか意図をつかみ損ねたリベザルが頭をこてんと横に倒して疑問符をそこらじゅうに散りばめた。しかし数瞬後、前半の意味だけでも座木がリベザルを思ってくれていると分かり、こくんと大きく頷いてにっこり笑った。
「はい、分かりました!俺、俺も兄貴と師匠の事、大好きです。」
「ったく、恥ずかしいヤツ。」
頬をかいて、リベザルの真っ赤な頭をまた新聞紙でぽすぽすと叩きながら秋が零した。
「そうですか?リベザルはそんな素直なところがとても可愛いと思いますが。」
「お前が恥ずかしい筆頭だよ、ザギ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「言っても無駄だったな。」
「と言う訳だから、もう寝室へ引き上げたらどうかな、リベザル。」
どういう訳だかこれもまたリベザルには理解が遠く及ばない範囲ではあったが、甘いミルクは気持ちをゆったりとさせていて、そう言えばまぶたも重くなってきたところだった事を思い出したリベザルは素直に頷いた。
「はい、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
二人にぴょこんと頭を下げて、赤い髪を揺らして遠ざかるリベザルを、座木は優しい瞳で見つめていた。

 

リベザルが寝てしまってからのリビングで秋と二人。何となくこんな夜は離れがたいと思ってしまうのは、座木の独りよがりな感傷だろうか。秋の表情からはまた何も読み取れなくなっている。窓を開け、月夜の下で煙を燻らす秋は、あの頃と少しも変わらず不確かな、それでいて確固たる存在に見えた。それなのに、どこか儚い。秋を食い入るように見つめ、思わず唇をうっすら血が滲むほど噛み締めてしまっていた自分に気が付くと、座木は静かに一度瞬きをして、そして首をそっと横に振った。もう寝ようと思った。これ以上秋を見ていると、あの日の辛さと幸せと、そして自分の過去とこれからを考えてしまうから。そう思って座木が立ち上がった瞬間だった。
「まったく。妖のせいで、幽霊なんて不確かなものがこの世に増えるなんて、冗談じゃない。」
秋の声が耳に届いた。それは全くの不意打ちでありながら、そこがしかるべきタイミングであるかのように時間の隙間にするりと入り込んだような瞬間だった。思考の底に澱と一緒に沈みこんでしまいそうな座木に、秋という光が届いた瞬間だった。はっと、その秋の言葉が自分を救う何よりものに思え、座木はめったにない心からの声や、もしかしたら優しさかもしれないその言葉を心の中で何度も反芻した。

「それが本当の理由ですか?」
「さあね。」

それは、そこに前からあったような既視感。幸せの定義、喜びの法則。彼がいるからこそ、何度でも繰り返す情景。それは、いつでも絶対的な何かで座木を縛り付けるのだった。ふっと思わず頬に浮かんだ微笑が恥ずかしく、座木はそっと手で顔の下半分を覆って、くるりと秋に背を向けた。

おわり