絶対的既視感 6・名前
「少年には宝石を。少女には未来を。過去には夢という名の幻を。」 朝日が崖に差し込む瞬間、凛としたアキの声が響いた。声がはっとすると、目も眩むような光が当たり一面を照らし、気が付いた時には声は声だけの存在ではなくなっていた。 頭の中に、甘美で抗い難くそれでも冷たいとらえどころのない妙な感覚が訪れたと思った瞬間、その声は実体を伴って、崖の路に立つアキの前に身体を投げ出すようにして存在していた。ふと、頭上でアキが息を飲む気配がした。 しばらくの沈黙が、朝日の中に漂い、崖にはようやく起き出した小鳥のさえずりが聞こえてきた。それは春の到来を呼ぶ鳥の声。それは、ここにはもはやあるべき音が交代したのだと世界に告げていた。ふっと、アキが目を瞬かせた。そしてひょいとその生き物を地面に放ったかと思うと、背を向けて歩き出した。危なげもなく着地した「声だった」生き物は、とてとてとアキの背を追いかけようとした。 崖を出、人家が見える辺りまで歩いたアキの足がぴたっと止まった。つられて止まった生き物の耳にしか届かない程度の声で、アキは呟いた。 村には何か伝説があったはずだった。それは少女の命に関わる事のはずだった。でも、どうしてもそれが何だったのか、少年には思い出せなかった。ただ、その朝、少年は誰かに呼ばれたような気がして崖下に駆けつけていた。するとそこには全身びっしょりと濡れてはいたが、静かに呼吸を繰り返す少女がいた。村人たちも、伝説の事など最初からなかったかのように、少女のとった不可解な行動にも首を傾げるだけであった。あまりの安堵に少女を抱きしめた少年は、少女が涙を流している事を自分の腕の中に感じた。その全てがどうしてだか、少年には分からなかった。ただ、少女が生きている事が、嬉しかった。 続く。 |