絶対的既視感 5・出逢

 

「まったく・・・・・・冗談じゃない。」

アキは、この細腕のどこにそんな力があるのかという程軽々と少女を泉から引き上げ、めんどくさそうに何事か文句を言いながら気を失っている少女を崖まで引きずってきた。そして少女に少年に渡した物と同じ葉を粉にした物を飲ませ、木にもたれかけさせ、ふうと一息ついて立ち上がった。気配が近づく、空気が一瞬ピリっとした辛味を帯びた。そして、崖の道の真ん中で腕を組んだアキの頭上から声がした。
「誰ですか?何をしにいらっしゃったのですか?」
それはあくまで丁寧な言葉であるのに、どこか棘が感じられる音だった。しかしそれでも彼らの種族独特の甘い響きを持っていた。その声より高く澄んで響くアキの声が、すぐに崖の道にこだました。
「お前を殺しに来た。」
「・・・・・・」
一瞬、声は何かに驚いたように答えに窮した。返答のないその声の持ち主に向かい、アキは背筋の凍るような視線を投げかけ、そして少女のもとへ戻ろうとした。すると、また声が響いた。
「その方をお離し下さい。無粋な手で触れないで下さい。」
「無粋だと?幼いだけの分際で知ったような口を利くな。」
それは感情のない声だった。言葉を操る種族ですら、黙り込んでしまうほどの鋭利な冷たさを含み、有無を言わせぬ強い力を持っていた。声は、それに恐怖すら覚えた。声の気配が怯むのをまるで無視するかのように、アキは言葉を続けた。
「この人間に触るなだと?何を言っているのか分かっているのか?答えろ。」
それは命令だった。どことは言えぬ、圧倒的な力の差からくる命令。声に惑わされず、そして心すら打ち砕くような寒々として、上から叩きつけるような言葉。迷う隙も、考える時間も与えられぬまま、声は答えた。
「私が何かしてしまったのでしょうか?その方は、私と話したいと、ただそう願っておられただけです。そしてその方が、自ら望まれる事を私は止めなかった。ただ、それだけです。私はあなたに殺される覚えはありません。」
その声が、裏に怯えを隠しながらもそう言い切った事に、アキは片方の眉をほんの数ミリ上げた。
「傲慢で幼稚だな。自分のために人間が命を捨てる事も、そこからどんな波紋が広がるかという事すら露ほども分からぬ存在が。まあ、自覚がないほどやっかいなものはないと言うが。なるほど、これは・・・」

「・・・?」
アキの言葉に、声は明らかな疑問を空気に乗せていた。アキにはその声が首をかしげる様子まで想像できてしまったようで、突然笑い始めた。そして困惑する雰囲気を思う存分楽しんで、そしてひとしきり笑いがおさまったところでやっと口を開いた。
「あの少年が言ったんだ。」
そこには、冷たさがほんの少しだけ和らいだ雰囲気があった。ただし、暖かさとは言えない。それがアキだった。
「いっそ伝説を消して。彼女にこれ以上、甘い呪いの言葉をかけないで・・・と。だから、お前を殺しに来た。でも、それは必要のない事だと分かった。ただ、お前が幼いだけだ。世界を知らぬ子供に、生死の是非を問う事はできない。それはこれから学ぶべき事。」
アキの瞳が波立つ美しさに色を変えた。それは、さあっと明け始めた夜から朝への光のせいなのか、声には分からなかった。

続く。