絶対的既視感 2・現在

 

「兄貴はどうやって師匠と出逢ったんですか?」

突然の不意打ちに、座木は思わずホットミルクのポットを持ったままフリーズしてしまったかのように動きを止めた。そして一瞬後、どうにか視線だけを動かして秋を見た。そこにはいつもと変わらない、秋の綺麗に整った顔があった。ただし表情はない。全くの無表情だ。何を考えているか、座木とリベザルの会話に何を思ったかも分からない。しかし座木とて、秋に何かフォローしてもらおうとそちらを向いた訳ではなかった。長年染み付いてしまった習慣として、つい何かに縋る様に秋を見てしまっただけだった。そこまで考えて、ふっと肩の力を抜いた座木は硬直した筋肉を緩め、そしてポットをテーブルの上に置いてから無言でにっこりと笑った。何も言わずに微笑む座木のその人の良い柔和な表情に、ほんの少しだけそこに翳を認めたリベザルは、はっと口に手を当てて目を瞬かせた。
「・・・もしかして、聞いちゃいけない事でしたか?」
見るからにしゅんとなったリベザルに、思わぬところから返事があった。
「そうでもないだろ。」
さっきまで我関せずを決め込んでいたのか、会話を聞いていたかどうかすら怪しい秋の言葉だった。そうでもない、と言う事は、他に何か座木が黙り込んでしまう理由があるのか。
「じゃあ、じゃあ・・・」
うーんとうなってリベザルは言葉を紡ぎ出した。
「守りたい思い出・・・とか?」
リベザルの必死な様子を見て、思わず座木はクスっと小さく笑った。固まってしまった自分と、表に出してしまった表情と、そして秋に口を出してもらってしまった情けなさと、そしてリベザルにまで気を使わせてしまった己の不甲斐なさに思わず笑いが漏れてしまったのだった。その矛盾した自分の感情と行動を後ろに払い落とすように、座木はポットからホットミルクを三つのカップに注ぎながらリベザルに話しかけた。
「守りたい思い出と言う訳じゃないよ、リベザル。むしろ。忘れたい・・・かな?秋に殺されかけたのは、あれが最初で最後だから。」
「殺されかけた!?」
さらっと聞こえた重大な発言を繰り返して、リベザルが思わず立ち上がってしまうと、秋が丸めた新聞でぽかんとその赤い頭を叩いた。
「そんなに聞きたいなら教えてやろうか。」
その瞳に宿る光があまりに恐ろしくて、リベザルは思わず座木のエプロンにしがみついてしまった。
「い、いいえ、結構です!」
「遠慮するな。」
「してません!俺、聞くなら兄貴にします!そ、それにこういうのって、えっと。」
「何。」
「本人に聞いた方がいいって、いつも兄貴は言ってます。だから・・・」
「そうだね。」
ふっと笑ってまだしがみついているリベザルの頭をすっと撫で、座木は二人が座るソファーに腰掛けた。
「じゃあ、私が話そうか。いいですよね、秋。」
「いいも何も、僕は別に何も隠そうとはしていない。お前が決めればいい。」
「はい、そうします。」
そうしてホットミルクの入ったカップをその大きな手にそっと包んだ座木は、どこまでも穏やかな声で話し始めた。

続く。