Sweet Million Candies 8  現実

 

『冬から綴る未来日記』

 

宿の机の上に、こんな題名を表紙に書いた手帳があった。第一発見者はアルフォンス・エルリック。鎧姿の錬金術師、あちこちで名を馳せているエルリック兄弟の弟である。アルフォンスは、表紙を見た時から、とんでもない悪寒がしていた。筆跡からしてこれが兄のエドワードのものであることは間違いない。そして、何かとんでもないことがここには書かれている・・・アルフォンスの第六感が警告音を発していた。

 

見ようか見ないでおこうかという葛藤の末、結局怖いもの見たさの好奇心に、アルフォンスは負けてしまった。そしてやっぱりと言うべきか、手帳を開いたまま固まってしまう結果となった。そんなアルフォンスを解凍したのは、エドワードのバタンとドアを開ける音だった。
「帰ったぜアル〜」
弟の心境も知らず、エドワードは何か大きな包みを脇に抱えてアルフォンスを蕩けそうな視線で見ていた。
「ちょっと、何コレ。」
手帳を兄の鼻先にビシィっと突き出し、足の先まで凍るような冷たい声で、アルフォンスが詰問した。
「ん?あー、読んじゃったか。まだ途中だから見せたくなかったんだけどな。」
「は?何言ってるの!読んじゃったかじゃないよ!途中って何、途中って!っていうかボク男だし、こんなこと言わないし、やらないし!」
一気にまくしたて、手帳を持つ手が怒りでぷるぷると震えるアルフォンスが言った。それにも関わらず、エドワードは平気な顔をしている。
「なんだよ、別にオレの頭の中でくらい、何考えたっていいだろ。それくらいはサービスしてくれよ。」
「さーびす・・・」
そういう問題じゃないとか、続きを書く気なのかとか、やめてくれ冗談じゃないとか言うべき言葉は沢山あったのに、アルフォンスはその一言で、あっという間に脱力してしまった。がしょんと音を立てて、アルフォンスはがっくりと床に膝をついた。

 

これ以上兄に突っ込むのは命に関わると思ったアルフォンスは、手帳のことも妹話のことも二度と口にするまいと心に誓った。そしてとりあえず今は話題を変えようと必死になった。
「と・・・ところで、兄さん、それは何?」
「ああこれな。プレゼントだ。お前に。」
「え、本当?」
さっきの怒りを是非とも覆すような素敵なプレゼントでありますようにと、半ば祈りながら、アルフォンスはエドワードから渡された包みをいそいそと開いた。しかしその中には、ある意味予想どおりというか、なんと言うか、一体全体どこで買ったのか生産国不明のこんなものたちが入っていた。

 

・メイド服(カチューシャ付)

・セーラー服(もちろん水兵さんではなくて女子高生の着る)

・ナース白衣(ナース帽付)

・チャイナドレス(スリット深め)

・体育着(基本どおりブルマ)

・エプロン(白でフリフリのレース付)

 

さすがにバニーちゃんのコスチュームはなかった。エドワードが考え付かなかったのか、ただ単にどこにも売っていなかったのか、その答えは怖くて聞けそうになかった。
「・・・何これ。」
「何って?決まってるだろ。オレの執筆に必要そうな資料。」
心なしか、エドワードは胸をそらせて威張っているようにも見えた。
「いやー、錬金術書ってさ、ただ単に暗号にするだけじゃつまんねえだろ?だから、オレの溢れんばかりの才能を駆使して、趣味と実益を兼ねたもんを作ってるってわけ。旅日記調なんて、もう飽きたからなー。それにオレのこの手帳を出版しようだなんてことを考えるヤツがいるしよ。そりゃ、ちょっとは勉強しなきゃな。その資料だよ、資料。」
「資料って!資料って・・・」
「だから、お前が妹になったらこんなのを着せれば良いかなーって資料に決まってるだろ?」
「そういうことを聞いてるんじゃないっ!っていうかこんなもの着るわけないでしょーーー!っていうかその前にボクは男だって!」
またあの手帳の話題に戻ってしまった。墓穴を掘った覚えはないのに、いつの間にかどんどん変な方向へ話が向いていってしまうような気がする。エドワードではないが、この手帳の話のように、幸せいっぱい夢いっぱいなことなど起こるはずもない。
『現実なんて、こんなもんだよね。』
冷静にそう思ってもみたけれど、腹の底から湧き上がる怒りに、アルフォンスはこう叫ばずにはいられなかった。
「そんなにボクが妹になればいいと思ってるんだ?兄さんの・・・兄さんのバカー!」
「おい!おい待てよアル!アルぅーーー!」
そうして今日もエルリック兄弟の夜は、平穏ではないが平和に更けていくのであった。

 

おわり