Sweet Million Candies 5  洋服

 

いつ着替えたのか、私服姿のホークアイ中尉は二人に声をかけ、そしてついてくるように言い、兄妹の先に立って歩き始めた。
「あの、ボクたちに何か?」
とアルフォンスが聞いても、中尉はただ少し首をかしげて二人の方へと振り向き、
「他の人にはきっと聞かれたくないことよ。」
と言うだけだった。さっぱり事情の分からないものの、この賢く美しい中尉のこと、訳もなく二人を呼び止めるなどするわけないと思い、二人はおとなしくその後をついていった。

 

 そんなわけで二人が連れられてきたのは中尉の小奇麗なアパートだった。
「さあどうぞ。」
そう言われておとなしく応接用の部屋に通された二人は、目の前で湯気をたてるティーカップと、その向こうに座る中尉をちょっと上目遣いで見ていた。声をかけられ、さらにアパートまで連れてこられて驚いたのは兄妹の方なのだが、今は中尉の方が話を切り出しにくそうにしていた。
「えっと、何かオレたちに言っときたいことでもあった?」
エドワードが出された紅茶を(もちろんミルクティーなどでは絶対にありえない。ストレートで、だ。)すすりながら言うと、中尉は少しためらったあと、こんなことを言った。
「アルフォンス君の服のことだけど・・・」
「「服?」」
エドワードとアルフォンスは、中尉の言いたいことが分からずに、そろって首をかしげた。
「そう、その服なんだけど、エドワード君のおさがりでしょ?」
「ええ、そうです。」
アルフォンスが少し嬉しそうに、ちょっぴり恥ずかしそうに答えた。しかしそれに対する中尉の反応は、少しアルフォンスの調子とは違っていた。
「男物なわけでしょ?だとしたらね、ちょっと、気になって・・・アルフォンス君は女の子になったわけよね。だとしたら、いつまでもそのままじゃ困るわ。やっぱり女の子の服とか下着を用意しなくては。」
そこでやっとエドワードは、中尉の言わんとすることを理解して、改めてアルフォンスを見た。アルフォンスが喜んでいるとおり、服のサイズはちょうど今のアルフォンスの体型にぴったりだ。確かにちょうどいいのだが、そこには少し問題点があった。胸が、きゅうくつそうなのである。エドワードの好みにより、身体にぴったりと合う服だったので、余計に胸が強調されて見えるのだ。逆に、腰周りはずいぶんと余ってしまっている。今はまだ寒い時期であるし、エドワードの好みでざっくりとした厚めの布地だが、もしこれが夏場であれば、きっと男は目のやり場に困る状況になるんだろうということは察しがついた。
「そっか、そうだな。」
「ボク、別にこのままでもいいんだけど・・・」
兄のようにピンと来なかったのか、それともやましい心がひとかけらもないからなのか、アルフォンスは上目づかいにそんなことを言った。そうされてエドワードは鼻血でも出して卒倒しそうになったが、中尉の手前、男らしく(?)ぐっとこらえてみせた。
「なんだアル、オレの服がそんなに嬉しいのか?でもな、大佐のあのでれっとした顔見たか?ちゃんとした服着ないとダメだ!」
エドワードは、今や中尉の進言以上のことをふまえてアルフォンスに話しかけていた。エドワードは思った。アルフォンスが弟の時(しかも鎧姿の時)、少し妹疑惑があっただけでアルフォンスをデートに誘っていた大佐に、今のアルフォンスを近づけてはならないと。そう言えば、報告しに行った時にちらちらとアルフォンスの胸元に視線がいっていたように思える。これは大いなる勘違いかもしれないが、中尉の態度を見ていると、あながち的外れでもなさそうである。そう思うと、俄然ちゃんとした服を買わねばという気持ちになってくるエドワードだった。
「大佐にそんなこと言っちゃ失礼だよ兄さん。でも、そっか、そうだよね。分かりました、中尉。女の子になっちゃった以上、ちゃんとしないといけないこともたくさんありますよね?でもボクたち、全然分からなくて・・・」
「確かにそうなんだよな。」
二人は何しろ今までずっと少年だったのだ。当たり前だが、女の子の服も、ましてや下着なぞは、遠い昔の母親の洗濯物の記憶や知識としてしかイメージも湧かないしどうしたらよいのかも分からない。うーんと考えた末、エドワードが口を開いた。
「あのさ、中尉。悪いんだけど・・・その、今のアルに必要そうな買い物に付き合ってくれる?」
「あ、そうしていただけるとボクも嬉しいです!お願いできますか?」
「もちろんよ、エドワード君、アルフォンス君。そのために今日声をかけたのだから。」
中尉はそんな二人のやり取りに微笑みながらそう答えた。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「いいえ、どういたしまして。ちょうど明日、午後が非番なのよ。付き合うわ。」
「そっか、ありがと中尉!」
二人の笑顔を見て、中尉はにっこりとした。マスタング大佐にとっては頭の痛くなるようないちゃつきっぷりの兄妹も、中尉にとってはただただ可愛い子供なのであった。

 

セントラルの天気予報は明日も晴れ。風もなく、暖かい一日になるそうだ。絶好の買い物日和になるに違いなかった。

 

つづく