Sweet Million Candies 3  妹〜

 

やわらかいな・・・

 

アルフォンスを抱きしめたまま、エドワードがはじめに持った感想はそんなものだった。こんな感動的な場面で不謹慎だと言われるかもしれないが、とにかくそう思ったのだ。エドワードが抱きしめている肉体は、錬成時の状況から考えれば、アルフォンスのものであるはずだった。しかしそれはエドワードの覚えている幼い頃のアルフォンスの感触よりもずっとやわらかく、しびれるような甘い弾力を持っていた。おまけにこちらの肌に吸い付くような滑らかなさわり心地。そんな違和感に、エドワードは少し首をかしげた。しばらくすると完全に煙が引いて、アルフォンスもエドワードもお互いが見えるようになった。しかし、エドワードが見たその光景は、感動と困惑を一緒に引き起こした。

 

 床に書かれた錬成陣の中には、二人の人間がいた。一人は十代後半の少年。金髪金目で、傍から見れば美しい部類に入ると思われる。彼の名はエドワード・エルリック。エドワードは目の前の人物の姿に驚いていいのか喜んでいいのか分からなくなっていた。何しろ、目の前には素っ裸の女の子がいたからだ。その子は、十代半ばであろうかと思われる少女だった。どこかしら雰囲気がエドワードとアルフォンスの母親に似ている。やわらかいウェーブの落ち着いた金色の髪に、エドワードに似ている金目。それは生き別れの妹などでは決してなく、たった今、錬成されてしまったアルフォンス・エルリックその人に違いなかった。

 

 そう、錬成は成功した。たったひとつ、アルフォンスが女の子になってしまったことを除いて。

 

「アル?アルなのか?」
まだ半信半疑なエドワードが、目の前の可愛らしい少女に呼びかけた。
「そう・・・みたいだよ、兄さん。」
どこか複雑な色合いを含んだ声で、アルフォンスと思わしき少女が言った。
「お前、やっぱり妹だったのか?」
「そんなわけないでしょ!」
そんなやり取りがあったかどうかは定かではないが、二人はともかく喜びの抱擁をいったんほどいた。
「成功って・・・言っていいのか?アル・・・お前・・・女の子じゃないか!ごめんな・・・ごめん、アル!」
どこか複雑そうな声で、エドワードはアルフォンスに頭をさげた。
「そんな!謝らないでよ兄さん!」
めったに人に謝らない兄のそんなそぶりに、アルフォンスは驚き、目をみはった。
「兄さんだって・・・腕、戻ってないじゃない!」
そのとおりなのだ。どうしてか、エドワードの右腕は機械鎧のままだった。足の方は、ちゃんと肉体として元に戻っている。
「ボクこそごめん・・・力不足だったのかもしれない。」
「そんなことない!お前は何にも悪くない。オレは何も戻らなくたって、お前さえ無事ならそれでいいんだ。でも・・・でもお前・・・」
「ボクだって!ボクだって兄さんが無事なら何もいらないよ!それに見てよ、この完璧な体。兄さんのおかげだよ。ありがとう。」
アルフォンスは、ちょっと照れくさそうにそう言った。確かにそのとおりなのだ。アルフォンスの肉体は、完璧に錬成できていた。まだ食べたり眠ったりしていないから、これから何か不測の事態が起こることも考えられる。しかし、今のところ性別が以前と異なってしまったこと以外、どこも不便なところもおかしなところもないのだ。前髪は相変わらず横を向いてちっとも言うことをきいてくれないところまで完璧だ。ただ一つだけアルフォンスが思ったのは、身長がエドワードより低いことだ。ちょっとだけだが。立ち上がったエドワードに手をかしてもらってそっとその感覚を取り戻すように立ったアルフォンスが、兄と並んで立ってみてそれに気がついた。
「兄さん・・・なんかボク、意図的なものを感じるんだけど。」
そのアルフォンスの言葉を聞いて、エドワードもはじめて気が付いたようだ。自分の視線よりも下に、アルフォンスの顔があった。久し振りに弟(いや、今は妹と言うべきか)を見下ろしたエドワードは、思わずにやけそうな顔をひきしめ、焦ってまくしたてた。
「そんなわけあるか!女になったのだってオレの予想外なんだぞ!予想不可能の事態だって!それに、こんな時に身長のことまで計算できるかよ・・・」
それでもなんとなくエドワードの声が尻すぼみになるのは、それでもアルフォンスが疑ってしまうのは、日ごろの兄の行いが悪いからだと思われた。
「まあ、それは・・・そうだけど。」
「な、な、そうだろ?だからそんなこと言ってないで、ほら、早く服着ろよ。」
あ、そうだったと気がついたアルフォンスは、はじめて自分のこっぱずかしい状況に気がついたようだ。目の前ではエドワードが頬を紅くして自分のコートを差し出している。なにしろ何も身に着けていない女の子の姿なのだ。実の兄とはいえ、お年頃のエドワードには目に毒だろう。そう思い、アルフォンスは素直にコートを受け取ってその身に羽織った。
「ありがと、兄さん。」
もう一度そっと呟いて、エドワードの手をにぎりしめたアルフォンスは、まさかエドワードの頭の中に
『・・・裸マント・・・』
などという不埒な言葉が渦巻いていたとは知る由もなかった。

 

つづく