大人たちの憂鬱 5 〜その頃のエルリック兄弟〜

                八月十四日 午後十時四十分

 

「今回もなんだかんだ言ってめんどくさかったよな、アル。」
エドは、やっと着いた宿のベッドの上で伸びをしながらそうアルに話しかけた。
「そんなことないと思うけど。司令部に立ち寄ったのに一個も頼まれごとがなかったんだからむしろ楽だったじゃない。」
「ま、そう言えばそうか。でもあの時の大佐はおかしかったよなぁ。」
「あ、やっぱり兄さんもそう思う?」
「思うに決まってるだろ?あの大佐が絶対これは仕事ですっていう書類脇に抱えて、わざわざオレたちの宿まで来たくせにすぐ帰るなんてありえないだろ。しかもいつもの嫌味のひとつもなしにだぜ?あの時はなんか無性に腹立ってたから早く帰ってくれることに越したことはなかったんだけどな。今思うとあの脱力しきった顔!あー、笑えるや。ははっ」
「あ、酷い。本気で笑ってる。いくらおかしかったからってそこまで笑うのは大佐に悪いよ兄さん。」
「でもよー、あの顔の原因が思い当たらないんだよなぁ。オレたち何か大佐が脱力するようなことしてたか?」
「えーと、うーん、してないと思うけど。」
「だろ?何なんだろな、あの無能は。」
「また!もう、無能なんて言っちゃだめだよ兄さん。」
一見ただの会話に聞こえるが、実は、エドはアルの膝枕で寝転がっている。アルを自分のベッドに腰掛けさせて、そこに二人分の枕を持ってきてクッション代わりにし、ごろんと横になっているのだ。そんなこんなで、会話は続いてゆく。
「でもなー、おかしいよなぁ。いつもならフュリー曹長が使い走りで来たりするんだけどな。」
「あ、そうやってすぐ話題を変えるんだから・・・でも、そうだね。フュリー曹長と話せるの、いつもちょっと楽しみにしてたんだけど、今回は会えなかったね。」
「そうだな。ま、いいか、どうせこの町の仕事が終わったらすぐに帰って来いってことだったし。2〜3日で終わるだろ。」
「うん、そうだね。そしたらきっと会えるよね。ホークアイ中尉とか、ハボック少尉とかともしゃべりたいね。」
「そうだな。それで大佐がいなけりゃ尚結構なんだがなぁ。」
「またそんなこと言ってる。でも兄さん、本当はさびしかったんじゃないの?大佐とか、軍部のみんなに構ってもらえなくて。」
「そんなことあるかよ!大体あの自信満々なところが気にくわねえ。もう一回くらいあんな顔させてみたいな。まあ、こんな仕事さっさと終わらせて、次の賢者の石の情報がありそうな場所に行こうな、アル。」
「うん。」
アルが行き先の見えない自分たちの行く末を心配してか、ほんの少し曇った声を出した。
「ほら、何落ち込んだ顔してるんだよ。」
「え?そうかな。」
「そうだよ、アルは分かりやすいからな。」
「えー兄さんほどじゃないよ。」
「きっと見つかるさ、オレたちが元に戻る方法が・・・きっと。」
「うん、そうだね兄さん。」
そして、アルは兄の顔を見下ろして安心したように、にっこりと微笑んだ(ようにエドは感じた)。それに答えるように、エドもアルを見上げて幸せそうに笑った。こんな状況がどれだけ大人たちの頭痛の原因になっているかも知らずに。

 

 こうして今日も、夜は静かに更けていった。兄弟の幸せと、大人たちの憂鬱なため息を包み込んで・・・

 

おわり