大人たちの憂鬱 4 〜ジャン・ハボック少尉の場合〜
八月十四日 午後十時三十分
今夜は非番だというのに大佐に電話で呼び出された。何か騒動でも起こったか、仕事の手が足りないとかいうことだと思っていたが、全然まったく違う用件だった。なにしろ、ハボック少尉、頼みがある。と、大佐にしちゃ珍しく下手に出て頼みごとだ。仕事だったらこんなこと言わなくてもいい。こりゃ、やっかいなもんだと思ってしまう俺に責任はない。
「何なんスか。」
とりあえずいつものように聞いてみる。
『ちょっと司令部の私のデスクまで使い走ってもらえないだろうか。』
「なんで俺が。」
『頼むのは不本意だが、今私はどうしても手が離せない別件があるのだ。』
「俺だってそうっスよ。」
『何かね、言ってみたまえ。』
「のんびり休暇ってやつと付き合ってるんで。」
俺のどうしようもない回答を得て、いらだった大佐の顔が目に浮かぶようだった。しかし大佐はそれだけでめげるお人ではない。お前はアホか?とか、そんな酷いことを言いながら、お願いモードから、ちゃっかり上官モードに入って俺に命令した。大佐だってどうして手が離せないのか言ってないじゃないスか。どうせデート中だとでも言うんだろう。理不尽だ。
『そんな言い訳をするぐらいだったら相当ヒマなんだろう。よし、私のデスクに行き、その上に置いてあるノートを一冊取ってきてほしい。』
「・・・それだけっスか?」
『それだけだ。』
俺は用件を聞いてひょうし抜けしてしまった。あの大佐の頼みごとだ、ぜぇったいに何か難題だと思い込んでいた。本当にそれだけか?俺の中で疑問が持ち上がる。おかしい、大佐がそんな簡単なことを頼むわけがない。絶対に何かある。そう思った俺は「本当は何を頼むつもりなんスか?」と聞こうとして、大佐の発言に先を越された。
『それで、そのノートだが、中を見ないように。』
意味が分からない。俺に取って来いと命令した上に、中身を見ないでくれと?俺の性格分かってないんじゃないスか大佐?思わずそう言いたくなってしまった。だからこう言ってみた。
「お言葉ですがね、大佐。それならフュリー曹長とかファルマン准尉とかの方が適役なんじゃないスか?」
『彼らは今日は仕事だ。』
「じゃあなおさら、その帰りにでも届けさせたらいいでしょうに。」
その答えは、それでは本末転倒だ、とか何とか。だから分からないっての。さっきから大佐はおかしい。何を言ってるんだかさっぱりだ。
「分かりましたよ。でも、見ない保障はないっスからね。」
『なんだと?私の命令が聞けないのかハボック少尉。』
「いや、一応。」
『何が一応だ。とにかく頼んだ。なるべく今すぐ行ってくれ。』
「え、ちょっと待ってくださいよ大佐!」
俺がそう言う前に、大佐は電話を切ってしまった。全く。こうなったら意地でもノートを見てやる。俺はそう思って司令部に向かった。
司令部に着いたその時刻は、もう仕事の終わり時だった。俺が来たのと入れ違いに、フュリー曹長があたふたと寮に帰っていくのが見えた。
「おー、ごくろーさん。」
俺がそう声をかけたら、
「あ、ハボック少尉!お疲れ様です。」
と、なんだか顔を引きつらせて帰っていった。今日はみんな変な日だ。いつもの仕事部屋に入ってみると、ファルマン准尉とブレダ少尉が帰る用意をしていた。
「あれ、ハボック少尉。」
ファルマン准尉がちょっと不思議そうにこちらを見た。
「今日は非番だと思っていたのですが。」
「そうだったんだけどなー。大佐のわがままに付き合ってやってんの。」
「はぁ。」
ファルマン准尉はちょっと首をかしげたが、そのまま何も言わずにぺこりとお辞儀をして帰っていった。ブレダ少尉もその後に続いた。人がいなくなった司令部で、俺は用件のノートを探した。それはすぐに見つかった。そして、俺はお約束のごとく、ちゃっかりそれを読んでみた。
読んでから、俺は今日の大佐のおかしな電話の訳がやっと分かった。大佐はこれを軍部のお偉いさんとホークアイ中尉に読ませたくなかったんだな、と。ホークアイ中尉はきっと明日の朝、一番でここにやってくる。で、大佐の机の上にある書類をひととおり目を通すはずだ。で、その時にきっとこのノートも見るだろう、というわけか。それに比べれば確立はぐっと下がるが、お偉いさんに見られたらそりゃ一大事だろうなぁ。自分の紹介で国家錬金術師に仕立てた凄腕の少年が、その弟と、だなんてな。事実でないとしても、そんなことを勘ぐって書いていた大佐に不利に状況が動くことは目に見えるしなぁ。まあ、俺は大体あの兄弟のことは以前からあやしいとは思っていたから平気だけどな。だから俺に言ったんだ。どうせ見るだろうけど、見てもそんな大げさな反応はしないって分かりきってるからなぁ。これが今日非番のホークアイ中尉だったら大変だ。「どうしてですか?」と根掘り葉掘り聞かれて内容を白状させられた上で「大佐、少し休まれたらどうですか。」とか、真面目に的を外してることを言われるに違いない。それにフュリー曹長とか、俺に比べて純情な部下たちには読ませたくないに違いない。くそっ!俺はちょっとこんな性格な自分が嫌になった。そりゃ、俺はひねてますけどね、大佐。自分の失態を俺に回収させなくたっていいじゃないスか。まったく。そう言いながら、俺はおとなしく大佐の元にノートを届けることにした。
しかしなぁ。大佐もこんなもの普通忘れるんスかねぇ。俺もとんだやっかいごとを頼まれたもんだ。どうせ大佐は俺が読んだことぐらい百も承知なんだろうしなぁ。だからってどうかしろとか言われても困るしなぁ。あー、憂鬱だ。そんなことを思っているうちに、大佐の部屋に着いた。部屋をノックし、俺は運を天にまかせてあとはどうにでもなれと空を仰いだ。
つづく |