大人たちの憂鬱 2 〜リザ・ホークアイ中尉の場合〜

八月十三日 午後十一時五十分

 

 今日も大佐の様子がおかしかった。いつも何かしら変なのだからしょうがないと言えばそれまでだけれど、今日はいつもと少し違う気がした。私が夕刻に書類を持って行くと、少し考えてから、一言こう残してエドワード君たちのところへとでかけた。中尉、私は少しエルリック兄弟のところへ行ってくる。それほど時間はかからないだろう。すぐ戻る。そしてその後大佐は言葉通りすぐに戻ってきた。しかし出て行く時の様子(そこまでは普段どおりだった気がするわ。)とは、まるでまとっている雰囲気が違った。どこかげっそりとしていて、心底疲れた様子だった。そして戻ってきたかと思うと、休む間もなくすぐにデスクに座り、カリカリとすごい勢いでペンを動かし始めた。よかった、エドワード君とアルフォンス君から、きっと有益な情報が得られたのね。この調子でいけば明日の朝までには間に合いそうだわ。いつもこんな調子で仕事をしてくださるのならば私も楽なのに。そう思って私は、大佐に差し入れのお茶でも出そうとしてふと大佐の手元をのぞきこんだ。するとそこにはどう見ても私が渡した書類ではないノートがあった。事務の書類や資料というよりは、個人の日記帳のようなものだった。以前から大佐が何かノートをつけていることは知っているけれど、内容はもちろん知らない。それが錬金術書であれば、私に解読は不可能であるし、大佐のプライベートに土足で踏み込む気もない。しかしそこに出てくる字面が目に入ってしまった私は、見慣れた文字列が認識できた。一瞬見ただけだったが、その内容にはエルリック兄弟が絡んでいるようだった。「鋼の」だとか、「兄弟」だとか、「整備」だとかが並んでいる。どうやらただの大佐の日記のようだ。それにしても仕事もやらないでこんなものを書き始めるなんて、よっぽどのことがあったに違いない。そう思って私は(仕事の方を優先してもらおうと諌めるつもりもあったが)大佐にこう言った。
「どうなさいました?あの子たちのところで何か問題でも発生しましたか?」
すると大佐はいつもは見せないような狼狽を私とハボック少尉に披露してくれた。
「な・・・何かって何だね。何もある訳ないだろう。そうだ、何もない。何も・・・」
全く答えになってないわ。そう思ったけれど、パタンとその日記帳らしきものを閉じて脂汗をかいている大佐にこれ以上へそをまげてもらうと仕事がはかどらないので、これ以上深く追求しないことにした。そうして私は訳が分からないまま、そこにいるハボック少尉に目配せして(これ以上はもういいわ、しょうがない人、と。)肩をすくめて終わりにした。あとでよく考えてみると、(というかいつもなのだけれど)大佐はあの兄弟のことになると、大人気なくなる。何がそんなに楽しいのかしら。あの子達は二人ともとってもいい子なのに。アルフォンス君はおとなしくてとても素直ないい子だし、エドワード君だって十二歳で国家資格を取っただけのことはあってとても聡明な子だわ。私に対しては礼儀だって正しいし、兄弟の仲もとてもいい。仕事だって順調にこなしてくれるし。多少派手な行動も多いけれど、それは大佐も同じこと。文句を言える立場じゃないわ。それなのにどうして大佐はあんなにあの兄弟のことを気にするのかしら。そう言えばさっき、私の帰り際に大佐はこう言っていた。
「中尉、彼らは少し仲が良すぎではないか?」
私には大佐の質問の意図するところがよく分からなかった。
「エルリック兄弟のことですか?」
「そうだ。」
「兄弟の仲が良いことは、別段悪いことではないと思いますが。」
すると大佐はちょっと複雑そうな顔をした。
「いや、そういうことではなくてだ。その、彼らを見て何か思うところはないかね。」
「思うところ、ですか。そうですね、過去の事実があったからか、そうでないのかは分かりませんが、とても絆の強い二人だと思います。仲もいいし、息もあっています。理想的な兄弟ではないのでしょうか。」
「その兄弟愛が行き過ぎの感はないかね?」
「は?」
やっぱりよく分からない大佐の質問に答えかねて、私は聞き返した。しかし、今まで執拗に聞いてきた大佐だったが、ちょっとほっとしたような、気の抜けたような顔をしてこう言った。
「いや、なんでもない。そうか、ならいいんだ。私の思い過ごしだろう。手間を取らせた。」
「とんでもない。では失礼します。」
そうして疑問符を頭の中にしまいこもうとした私に、大佐がさらに後ろから声をかけた。
「あ、それから少し待ってくれ。今後、視察の必要がある書類は、電話で鋼のを呼び出し、直接手渡してほしい。私を通さなくてもよい書類ならば、そっちで回してもらっても構わない。くれぐれも、直接宿まで出向くと言うことがないように。」
「何故です、民間からの苦情でもありましたか?あの宿の主人はそれほど軍に対して反感を持っていないように見受けられますが。」
「いや、そういうことではない。だがわざわざ出向くこともないだろう。」
「しかしあそこには電話は通っていませんよ。」
「近所の店に伝えてもらうという方法でもいいだろう。とにかく、そうしてくれたまえ。」
「・・・はい、分かりました。宿の主人と交換手、エドワード君、それから電話回線を一任しているフュリー曹長にも一応、次回からの連絡は電話で、ということを伝えておきます。」
「頼む。」
そうして大佐はほっとしたようにそう言った。これではエルリック兄弟を避けているとしか思えないのだけれど。さっぱり訳が分からなかったが、大佐がそれで満足だと言うのであればそうして都合の悪いことは何もない。次回からはそうすることに決まった。

 

というわけで、今日も大佐はおかしかった。そしてエルリック兄弟に対する大佐の態度に、困った点がまた増えてしまった。今までのエドワード君をからかう態度でもいいかげんにやめた方がいいのでは、と思うほどだったのだが。これからの私のフォローもさらに増えるのかと思うと、大佐にはもう少し大人になっていただかないと困ると思う。

 

つづく