見上げた空は
エドが見上げた冬の空は、どんよりと雲が垂れ込めて、少し泣きそうな色をしていた。それなのに、アルはさっきからその空を眺めて戸口に何をするでもなく立っていた。しばらくそんな弟の様子を見ていたエドだが、さすがにちょっと心配になってきた。何がとは言わずもがな、人間の姿に戻ったアルの身体のことだ。これくらいの寒さ、自分は平気だとエドは思っていた。鎧だった頃のアルがここにいたのなら、心配などしなかった。むしろ反対に、アルに諌められていたと思う。ほら、兄さんのからだ冷えちゃうでしょ?と。そんな光景を思い出したのか、エドは小さく少しだけ自嘲気味に笑った。そしてずっと見つめていたその視線の先の、華奢な弟に向かって同じ言葉をかけようとした時だった。
「寒い・・・寒いや兄さん。」
アルが突然、小さくそうつぶやいた。それはほんの小さな声で、エドだけにしか聞こえないようなかすかな音だった。エドはちょっと驚いてアルを見つめなおし、その視線がまだ空に向いていることを確認して少し不機嫌そうに言った。
「そりゃ、冬だからな。雪でも降りそうだ。」
「そっか。」
アルはそう言うと、やっと兄の方を向いた。
「えへへ、寒いね。」
そう言ったアルは、なんだかやけに嬉しそうだった。そして寒いそぶりを一つも見せなかった。鎧の体の時のように。
「ばか、もう中入るぞ。」
「うん。」
何がとは言いにくい、でもどこか恥ずかしい感情に流されて、エドはぱっとアルの手を取って家の中に連れて行こうとした。
「・・・あったかいや。」
また、アルのささやくような呟きが聞こえた。
「何が。」
「兄さんの手。」
エドは立ち止まって、少しだけ怪訝そうな顔をした。
「そんなはずないだろ。ずっと外にいてガチガチだぜ。」
「ううん、あったかい。」
今まで、つかみどころのない無邪気な笑顔を浮かべていたアルの視線が、真剣な色を帯びた。エドは逆に笑顔になる。優しい、弟を想う兄の微笑。
「あったかいよ。指先から、ちょっとずつ手のひらに向かって。兄さんの体温だ。」
急に、エドの頬が朱に染まった。それは寒さでほんのり紅くなったアルの頬よりも鮮明に。
「ほら、そんなこと言ってないで、本当にあったかいとこ行くぞ。」
「分かってる。」
ぱたん、と乾いた音がして、二人は手をつないだまま家の中に入っていった。窓辺に寄ってもう一度エドが見上げた空からは、真っ白い雪がふわふわと舞い降りていた。静けさと、ほんの小さな暖かさをつれて。
おわり
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