マシュマロの気持ち

 

 最近、兄さんの様子がまたおかしい。前はあんなに入れ込んでた深夜のラジオも、1回自分のハガキが紹介されたからって、最近はあんまり聞いてないみたい。現金だなぁ、もう。あれからボクたちのカンケイはどうなるということもなく、日々過ごしてる。相変わらず兄さんの発言やら行動は、時々意味不明だけど、(だって白いフリル付きエプロンを見て、何かニヤニヤしてたりするんだもん)それでもやっぱり兄さんと旅を続けるのは楽しいと思う。そんなボクが、兄さんおかしい!と思ったのには訳がある・・・

 兄さんは、大体自分で買い物をしてくる。「お前は何も心配しなくていい」とか言いながら、知らないうちに旅に必要なものをそろえてる。(って言ってもあんまりたいしたものは持ち歩かないけどね。それは家をなくしたボクたちが、大切なものをこれ以上持ちたくないという心理なのかもしれないけど。)でも、ボクがひとつだけ買ってこなくちゃいけないものがある。それは兄さんの食べ物だ。兄さんは時々自分のことになると、急に態度がいいかげんになる。おなか出して寝るとか、牛乳飲まないのは小さい頃からの癖(っていうかワガママだよ兄さん・・・)だからいいとして。つまり体を労わるってことをしないんだ。ちょっと気になることがあったりすると、調べて追求しないと気がすまないみたい。今日も宿の近くにある図書館の書庫に閉じこもって調べものをしている。もちろんボクも手伝いたいけれど、小さな規模なのに、奥にある書庫は国家錬金術師でないと入れないみたいなんだ。きっと調べた結果はボクに後で教えてくれるから、ボクは今日一日を兄さんの食べ物を買いに行く時間に充てることに決めた。

「ねえ、兄さん。」
「おう、なんだ。」
兄さんは熱中している時でもボクの声をちゃんと聞いてくれる。違うかな?真剣に手が離せないぐらいの時の方が、むしろやさしいかもしれない。それはともかく、ボクは書庫の入り口まで図書館の司書さんに案内してもらって、中にいる兄さんに声をかけた。
「ボク、ちょっと町まで買い物に行くけど・・・」
「ん?何か買うもんなんてあったか?」
「うん、食べ物がないよ。明日ここを発つんでしょ?だったらちょっとは持ち歩けるもの、買っておかなきゃ。」
「あー、そうだった。悪ぃな、アル。」
ほら、やっぱり忘れてる。
「いいよそれくらい。それでね、何かほしいものある?食べたいものあったら教えてよ。」
「うーん、そうだなぁ・・・」
兄さんの態度は、ここまでは普通だった。ううん、むしろやさしくて、みんなに自慢したいくらいの兄貴っぷりって言ってもいいかな?そんなこと言うと付け上がるから絶対言わないけどね。でも、3秒くらい考え事をした兄さんが、なんだか急に妙な表情になった。妙な笑い顔というか。あ、なんかワルいこと考えてる「ニヤリ」に似てるかな?いや、そっちの兄さんの表情の方がタチがいいかも・・・なんていうか、背筋がぞぞーってするくらいの、えっとー、頭の上にモコモコって自分の理想を想像してるのに似てる感じに加えて、頬をちょっと染めた感じって言うか・・・うまく言えないんだけど、とにかくそんな顔になって、兄さんは一言こう答えた。

「マシュマロ。あまーいやつ。」

 というわけで、ボクは町に出た。相変わらずボクを見る人々の目は、ボクを奇異なものとしていたけれど、今日はそれよりも気になることがあったから、そんな視線をかいくぐって、色々日持ちしそうな食料を買っていった。でも、ボクにはひとつ分からないことがあった。マシュマロ、なんて普通じゃないか。どうして兄さんはあんな顔をしていたんだろう。いつも兄さんは牛乳が飲みたくないからって、ジュースを飲んだりしてるくらいだから、甘党なんだってことは分かる。牛乳だってココアにすれば平気なんだから、相当甘いもの好きでもあるってことも分かる。だから別にお菓子を食べたいからってボクに言っても何の不思議もないんだけどね。なんで今日に限ってあんな顔したんだろう。よく分からないながらも、何かよからぬことを考えているに違いないよね・・・。そう結論を下したボクは、もうそろそろ日も暮れてきたから、買い物を切り上げて図書館に兄さんを迎えに行った。

「兄さん?」
またしても司書さんのお世話になって、ボクは兄さんを呼んだ。図書館は閉館時間が迫ってる。ここでボクが呼ばなきゃ、きっと兄さんは何も食べずに夜までこもって、図書館の人たちに迷惑をかけるに決まってる。だからボクは、兄さんを引き剥がしにかかった。
「兄さん、帰ろう?色々買ってきたよ。それに今日の兄さんの成果も聞きたいし。」
「うーんー。」
なんだか奥の方から微妙な返事が聞こえてきた。
「ほら、帰るよ。ごはんもあるし。どうせお昼も食べてないんでしょ?ちゃんと食べなきゃだめだよ。」
「うーんー。」
またそんな返事。もう。だからちょっと怒らせてみた。
「食べないと大きくなれないよ。」
「だーれが豆つぶかー!!!」
やれやれ。
 

 帰ってきた兄さんは上機嫌だった。ちゃんと夕ご飯を食べた後、宿の部屋に帰って、いつものようにベッドに資料を広げられるだけ広げて見せてくれた。
「だから、ここの蛋白質の構造が・・・で、・・の受容体がここ、だろ?・・・だからセカンドメッセンジャーは・・・とかでー、あとはだな、リン脂質七回膜貫通型の・・・」
兄さんの持ち帰る情報は、人体練成に必須な生物学がほとんどだ。人体の基本構造、生体内化学物質の分析、各細胞の機能、その他いろいろ。やけに今日は人体の皮膚の構成についての解析が多かった気がする。もちろんボクも人体練成が関わっていなかったとしてもこの分野の話は好きだから、兄さんの話を熱中して聞いていた。マシュマロのことなんて、しばらく忘れていたんだ。そして話の区切りが付いたのは、やっぱりいつものとおり深夜になってからだった。
「ふー、まあこんなとこか。どうだ?なんか聞きたいことあったら言えよ?明日出発する前にまた図書館に行ってもいいしな。」
「そんなー、やめときなよ。列車の時間って図書館の開館より前だよ?」
「いいだろー、開けてもらえばよー。」
「よくないよ。それに遅れると大佐にまた嫌味のひとつも言われちゃうよ?」
「うぇ・・・」
その瞬間に、兄さんの顔がいつもの顔に戻ってきた。今まで優秀で尊敬すべき錬金術師だったのに、急に15歳の少年に戻ったみたい。ボクはどっちの兄さんも好きだけど、できればこの程度ですんでほしいなぁ。と、兄さんの次の発言を聞いて思った。
「で、買ってきてくれたか?あれ。」
 

 というわけで、ボクは今日買ってきたものを兄さんに渡した。兄さんは、とりあえず旅に必要そうなものは全部紙袋に入れたままで、マシュマロの袋だけを取り出した。
「さんきゅーな、アル。」
あーあ、これがいとおしそうにマシュマロの袋を見つめながら言ったセリフじゃなきゃ、嬉しいんだろうなぁ。
「う・・・うん。」
兄さんのマシュマロを見つめる目は、多分、どう贔屓目に見ても尋常じゃなかった。熱に浮かされた人みたい。これはダメだとボクはその瞬間に悟った。こうなっちゃっては兄さんはどうにもこうにも止まらない。何が止まらないかって、もちろん妄想が。ボクの知らない範疇まで飛んでいってしまう。実害はないけれど、あまり関わりたいものでもない。だからボクはこれ以上何を言っても無駄だと思って、そのまま好きにさせておいた。

 次の日の朝早く、ボクたちは既に列車に乗っていた。朝靄のかかる町を出発して、軍部施設のある場所まで今日中に着かなければならないんだ。そこまで約13時間。また兄さんのお尻が痛くなっちゃいそうな時間がかかるけどしょうがない。ボクたちが遅れると、困るのはきっとホークアイ中尉だ。というわけでこんな朝早くに、ボクたちは列車に乗り込んでいた。兄さんの手にはいつものカバンとマシュマロの袋だけ。そんなにマシュマロ好きだったっけ?時折思い出したように、兄さんはマシュマロをつまみ出して口にほおばっては、にまっと笑ってる。しかも左手の手袋をはずして、ぷにぷにとマシュマロを数回つまんでから口に入れるもんだから、何かおかしくてしょうがない。でもどうして?なんて聞くと、どんな恐ろしい答えが返ってくるのか想像するのさえ怖くて、ボクは兄さんには何も言えなかった。

 無事に資料やら何やらを軍に提出して、(そして大佐にやっぱりなんだかんだと色々言われ)ボクたちは少しだけヒマになった。次の視察先の町が、まだ未決定だからということで、1日の休みをもらったんだ。兄さんは軍の施設を使うのを嫌がって、宿を探しに行ってしまった。だからボクは一日を、非番になっていたフュリー曹長と過ごすことにしたんだ。
「ねえ、フュリー曹長、どう思います?」
ボクは気になっていたマシュマロと兄さんのことを長々と話して、意見を聞いてみた。
「うーん、何ででしょうね?」
曹長は、あの人のいい顔をちょっと困らせて考え込んでいる。こんな他愛のない話まで、ちゃんと聞いてくれる曹長のことボクは結構好きなんだ。あんまり話しこんだことはないけれど、仲良くなれそうなお兄さんという感じだ。兄さんもこれくらい温和な人だったらいいのにってよく思う。
「僕にはよくわからないです。特別好物ってわけじゃないんですよね。うーん、むずかしいなぁ。なんだろう・・・マシュマロ・・・手触りがいいことは確かですね。赤ちゃんの肌みたいで。うーん、でもそれでそんな顔するかなぁ・・・」
そうして曹長は、ぽりぽりと頭をかいた。
「すみません、あんまり役に立たなくて。」
「いいえ!とんでもない。話を聞いてもらえただけでボクは嬉しかったです。訳の分からないことをするのは今に始まったことじゃないですからね、兄さんの場合。」
「はは、それはそうかもしれませんね。」
そう言って、曹長は申し訳なさそうに眉を少しだけ下げて笑った。ボクもつられて笑ったけど、内心曹長の言葉がひっかかっていた。赤ちゃんの肌みたい?手触りがいい?人体の皮膚の構成?なんか、嫌な予感がする・・・

 ボクが兄さんのとった宿に戻ってみると、兄さんは珍しく部屋にいた。またマシュマロを手に持ってる。様子がおかしいから、ボクはいけないと思いつつも、こっそりとその様子を見てしまった。まず、兄さんはマシュマロを左手(素手)でひとつ取った。指でその感触を確かめると、次にそれを頬に当てた。そのまま頬ずり?をしたかと思うと、はあーとかふうーとか満足げなため息をついて、それを口にほおりこんだ。はっきり言ってキモチワルイ。さらに2つめを取って、今度は手のひらでぽふぽふと押して弾力を確かめてる。きわめつけは、こんな行動だった・・・

 兄さんは、マシュマロふたつを左手の親指と人差し指ではさんで持っていた。それをじいっと見つめて、小さくつぶやいた。
「・・・アル・・・」
え?ボク?何?そう思った瞬間、兄さんはそれを食べるのか、口元に持っていった。でも兄さんてば食べなかったんだ。そっとそれを自分の唇に当てると、うっとりと目を閉じた。何?なんなの?もうやめてよ兄さん!おかしいから!絶対おかしいから!がまんできなくなったボクは、ばーんとドアをあけて部屋に入った。
「何やってるの兄さん!?」
「うわぁっ!」
突然のボクの登場に、兄さんは相当な勢いで慌てた。ぽろっと指から落ちたマシュマロが床に落ちる。ああっと言ってそれを拾おうとした兄さんより先に、ボクがそれを拾いあげた。そして同時にマシュマロの袋(まだ半分くらい残っていた)もとりあげた。
「返せよ!」
案の定兄さんはそんなことを言ったけど、ボクは自分の名前が出てしまった以上、何が待っていても真相を聞くまでは返すまいと思った。それは恐怖心よりも好奇心が勝ってしまった瞬間だった。後から思えば聞かない方がよかったけどね・・・
「ダメ。何やってたか教えてくれなきゃ返さない。」
「なんでだー!なんもやってねえって!」
「ボクに嘘ついてばれないとでも思ってるの?」
珍しく強く出たボクにびっくりしたのか、兄さんはうっと詰まった。
「今ボクの名前呼んだでしょ。最近おかしいよ兄さん。絶対。マシュマロとボクとどういう関係なのか今日こそ教えてもらうよ!」
兄さんはそう言ったボクを見上げて一歩後ずさった。そのままずりずりとカベまで後退した兄さんの顔は真っ赤だった。
「それはホラ、あれだ、その・・・・・・・」
「何?聞こえないよ。」
「だから、お前の・・・」
「ボクの何?」
「・・・・・肌が。」
「はい?」
そう答えた兄さんは、またあの顔になった。しかもなんだかハアハアしすぎだよ兄さん!
「だから、お前・・・・こんな感触かなーって確かめて・・・・・・」
つまりこういうこと?兄さんは肌の組成を最近ずっと研究してたんだよね?で、それはつまりボクの肌を練成したいってことで、ってことは・・・あのマシュマロはボク!?ねえ兄さん、あれはボクの肌の感触なの!?そう思ってあんなことやこんなことをしてたの!?そこまで考えたボクの思考回路は、ショートを起こしそうになった。で、ボクはマシュマロの袋をぎゅぎゅっとにぎりつぶして、くるっと兄さんに背を向けて走り出した。口から出た言葉は、

「・・・っ・・・この、バカ兄―――――!!」

「ああっ!やめろー!アルーっ!マシュマロもったいないー!お前の感触がぁぁ〜〜〜!!!」
後ろからそんな声が聞こえてくる。それを無視してボクは走った。走らずにはいられなかった。もう絶対マシュマロなんて買ってこないんだからっ!!

 そういうわけで、マシュマロはボクたちの旅では禁忌となったのだった・・・

おわり?