ふたりで映画 

「おいアル、一緒に映画でも見に行こっか?」
今年もこの季節がやってきた。
 

 ことのはじまりは、某有名映画の3部作完結編が公開されることだった。その映画は、とある分野の金字塔と言われた物語が映画化されたものだった。ボクも兄さんも映画公開まではその原作は読んだことなかったんだけど、第一部を見に行ったら大いにハマっちゃったんだ。その時は中央に出て来たばかりで、何もかもが新鮮で、街にある映画館にちょっとあこがれて入ってみたくらいの気持ちだったんだ。それなのに、その映画にあまりに感動しちゃって、九巻もある原作を二人してすごい勢いで読んだんだ。いつも錬金術関係の難しい書物しか読まないボクらに、その物語は素晴らしいインスピレーションも与えてくれた。それから2年、ボクと兄さんは毎年この映画を見に行っている。原作も映画も3部作で、毎年楽しみにしていた。公開よりも、本当はもっと早くに先行上映会っていうのがあるんだけど、意地っ張りで恥ずかしがりやの兄さんは、
「そんなのに行けるかよ。どうせすぐどこでも見れるようになるだろ。」
とか言っちゃって、
「せっかくだから行こうよ。」
って誘ったボクの言葉を無下に断ったんだ。ボクの誘いを断るなんて珍しいと思うかもしれないけど、たまに兄さんは面白いくらい頑固なんだ。だから、そう兄さんに言われちゃったら仕方ないからって、ボクはおとなしく映画公開まで待つことにした。
 

 最近兄さんがなんだかボクを見て、手元の何かを見て、うーんとうなっていることが多くなった。行動もそわそわしてるし、なんだか機嫌もいい。どうしたんだろと思って、兄さんが後を向いた瞬間に手元を覗き込んだ。そしたらそこにはその映画の前売り券が2枚あった・・・
「あ、兄さん!それ映画のチケットだよね?」
思わず喜色を隠さずそう言ってしまったボクに、兄さんがばっと振り向いて手元のチケットを隠した。何を今更隠してるの、まったくもうと思ったけど、その顔があまりに照れてて可愛かったから、(可愛いなんて言うと怒られるけどね)ボクはもう何でも許す気になっちゃったんだ。
「ぃいい・・いやな、アル、これは、そのぅ・・・そうそう、ホークアイ中尉にもらったんだよ!そうだった!なんだかな、あの無能の世話が忙しくて、なかなか行けないからエドワード君あげるわ、とか言われたんだ。」
「兄さん、だから大佐のことそんな風に言っちゃだめだよー。」
ボクはとりあえずいつものようにそう注意して、必死にへたな嘘をつく兄さんを見下ろした。そしたらボクは、なんだかふふっと微笑みたい気分になった。そしてボクは笑ってもいないし、声も出してないのに、兄さんったら
「笑うな!」
とか言ってむくれてる。何で分かるんだろ。でもほんと、素直じゃないんだから。
「だからさ・・・その、いや、なんでもねぇっ!」
そうして兄さんはボクに背をむけて走り出した。
「まったくもー。」
しょうがない兄を持つと弟は苦労するよ。そしてその後兄さんを追いかけたボクは、どうにかこうにかして映画を見に行く約束を取り付けた。すぐに追いつくことは追いついたんだけど、説得するのは大変だった。こういう時はボクが下手に出て、見たいって言わないといけないんだよね。しょうがない兄さんだなぁ。

 というわけで、今ボクたちは映画館にいる。新しい映画館ではなくて、今にもつぶれそうな古い映画館。スクリーンだけはやけに大きい。席は今流行りの完全指定席ではなくて、自由席で入れ替えなし。兄さんは混雑する映画館で周りを気にしたり、知り合いにばったり会ってしまうのがイヤなんだ。だからこんなに軍部の施設から離れた場所まで延々と歩いてくるハメになった。これで前売り券が使えなかったらもう見るチャンスはないと思ってたんだけど、そこはさすが兄さん。下調べはばっちりだったようで、ちゃんと使えた。
「ごゆっくりどうぞー。」
そう言った受付のおばさんの目が、何かほほえましいものを見るようだったのは、兄さんには黙っておこう。きっとそれですら嫌がるから。
 

 そんな映画館なのに、(って言っちゃ失礼だけど)お客さんは結構いた。席が全て埋まるほどではないんだけど、なかなかの盛況ぶりだと思う。入場開始してすぐに劇場に飛び込んだ兄さんは、前から2〜3番目の真ん中に二つ席を取ってくれた。
「ほらー!来いよ、アルー!」
やたらと嬉しそうな顔と声。思わずボクも微笑んでうん!って言いかけたけど、はっとあることに気がついて立ち止まった。
「ありがと兄さん。でも、ボクは後ろでいいよ。」
「なんでだよ。ここが一番見やすいぞ。」
「うん・・・でもボクは大きすぎるから・・・」
ボクが前に座ったら、その後ろに座る子供たちがきっとスクリーンが見えない。兄さんはいても大丈夫だけど、ボクだけは隅っこにいて誰の邪魔にもならない方が、誰のためにもいいと思ったんだ。そしてボクはその言葉のニュアンスに、兄さんは小さいからってことを込めたわけじゃないんだけど、いつものように、兄さんがどーせオレは小さいからいいけどな!とか言うかと思ったんだ。でも、兄さんは一瞬顔を伏せて、ぱっとボクを見て、それからちょっぴり悲しそうに微笑んだ。
「そっか、そうだな。お前の良いって言う場所でオレも見る。一人じゃさびしいもんな。アル・・・お前はやさしいな。」
そう言って、兄さんはボクのいる方に歩いてきた。その金色の瞳は、じっとボクを見つめていた。
「ううん、そんなことないよ!兄さんだって、やさしいよ。ボクのためにわざわざ・・・」
言いかけたボクの言葉を、兄さんは照れくさそうに遮って、ボクの手をつかんで歩き出した。
「ほら、そんなこともういいから。お前どこに座りたいんだ?席もうそろそろ埋まっちまうぞ。早く早く。」
「うん!」
そんな思いやりを嬉しく思って、ボクは兄さんと一番後ろの一番右端に席を並んで取った。

 映画がはじまってしばらくは、世界観に引き込まれる自分と、物語を思い出す心地よさに身を委ねてる感じだった。しかし始まって1時間半ぐらい経った頃かな?序盤のクライマックスがやってきた。ボクはそれほど涙もろいたちではないし、今は泣こうと思っても泣けないのだけれど、それでも目頭がきっと熱くなるんだろうな、という素敵な盛り上がりだった。ふと、左隣の兄さんをボクは見た。すると、兄さんは瞬きもせずにスクリーンを食い入るように見つめていた。その目は真剣で、そこにはやはり涙が光っていた。ボクは少しだけ、その綺麗な風景に見とれてしまった。金色の瞳から、一筋のしずくが落ちていく。ただそれだけなのに、ボクにはとてもいとおしいものに見えたんだ。だから、ボクはなんだか幸せになった。

 そうこうするうちに、物語は佳境に入った。主人公がその従者と最後の目的を果たして、溶岩の中に二人で取り残されるんだ。全てが終わって平和が訪れるはずなのに、主人公たちは決してそれを見ることはできない。そう思うと、ボクはなんだかあまりに悲しくて、胸が痛んだ。ここでもきっとまた兄さんは泣いてるんだろうな、と思ったけど、実際はちょっと予想と違っていた。従者が何か最後の言葉を言った時、隣からすごい怒りのオーラみたいなものを感じたんだ。思わずびくっとしてしまうくらいの。どうしたの兄さん?何がいけないんだろう。何を怒ってるんだろう?ボクはさっぱり分からなかった。

 そして最後の最後、結局助かった従者は前からの想い人と結婚できた。そして主人公は、それを暖かく見守っている。でも主人公はその地を離れなければいけない。その最後の別れはやはり切なくて、ボクは別れの意味を考え込んでしまった。ボクも兄さんと別れるようなことになったらどうしようって。そして兄さんは、ここでは大泣きしていた。それはもうすごい勢いで泣いていた。我慢しようとぎりぎりまで頑張ってた涙の堰が切れたように、ひっくひっくと泣いていた。兄さんは感激屋さんなんだなと、ボクはその時はそれくらいしか思わなかった 

 映画が終わって、すばらしいエンディングも堪能して、ボクらは映画館から出てきた。そして軍部に戻る前に、映画館の側にある飲食店に入った。兄さんはいつものように飲み物と食べ物を頼み、ボクは何も頼まなかった。料理が届くまでの間、兄さんはずっと黙っていた。ボクにはそれが、兄さんの映画の余韻に浸っている姿だと分かったから、そっとしておいてあげた。でもさすがに食べ終わっても黙ってる兄さんに、ボクはなんとなく元気を出してほしくて話しかけた。
「ねえ、兄さん。いい映画だったね。」
すると、しばらく沈黙があったけど、
「ああ。」
と一言だけ返事が返ってきた。
「ボク、馬の国の王様が死んじゃうところと、溶岩の中に二人が取り残されるところと、やっぱり最後で泣きそうになったよ。」
素直な感想を述べたボクに、兄さんはまた
「ああ。」
とだけ答えた。これ以上何を言っても無駄かなーと思ったけど、ボクは気になっていることを聞いてみることにした。
「ねえ、兄さん。もしかしてボクの勘違いかもしれないんだけど・・・溶岩の中に従者と主人公が取り残されるところでなんか怒ってた?」
するとどういうわけか、兄さんがその言葉に食いついてきた。
「そりゃ怒るさアル!お前、オレがあの主人公だったらあの従者を殴ってる!」
「ええっ!?どうしてさ兄さん。」
ボクは心底驚いて聞き返した。だって、あそこはとっても感動的なシーンで怒るべきシーンじゃないはずなのに。
「だってな、主人公があんなに従者のこと思ってるのに、あいつときたら二人きりなのにいきなり女のこと言うんだぜ?ありえねーだろ?」
「うーん・・・そう・・・かなぁ?」
「そうだって!ぜってー許せねえよ。」
ちょっとズレた兄さんの意見に、ボクは首をかしげたくなったけど、会話を続けた。
「あ、でもさ、兄さんちゃんと最後には泣いてたよね?それはいいの?」
「あれか・・・。最後、オレはもう切なくて切なくて・・・」
「そうだよね、なんか、さいごに去らなきゃいけないなんて、すっごく悲しい運命の主人公だったよね。」
「違うって。そういうことじゃないよ、アル。」
何が違うんだろ?ボクは不思議だった。また考え込んだボクに、兄さんは仕方ないな、というように言葉を付け足した。
「だってな、あれはどう見ても主人公の片思い決定シーンだろ?それで、オレはあの主人公がかわいそうでかわいそうで・・・自分は去らなきゃいけないのに、好きな奴はこの地で暮らしてくんだろ?切ねえよ。あー、思い出したらまた涙が出てきやがった。」
「???」
ボクは兄さんの解説を聞いて余計に分からなくなった。主人公の片思い?あれ、これってそんな映画だったっけ?悲恋ものじゃないよね・・・それに主人公も従者も男の人だよね。やたらと綺麗な人だったから、もしかして女の人だったとかそういうことをボクが見逃してただけ?いや、そんなはずないよ!だって原作にもそんなこと一言も書いてなかったもん。じゃあ何?兄さんは一体何を考えてるの?

 やっぱりよく分からなかったけど、とにかくボクらは二人とも、映画を満喫できた。これで来年からの楽しみがひとつなくなっちゃうと思うと悲しいけど、中央にいい思い出ができたからよしとしようかな。あ、そうだ。今度会ったらウィンリーにも教えてあげよう、いい映画だって。それに、兄さんの感想は聞かない方がいいよってことも言わなくちゃ!こんな妙な感想を持った兄さんはきっと変な目で見られる。これはボクの心の中だけにしまっておかなきゃいけないような気がするんだ。ねえ、兄さん?

おわり