夜の学校 3

 

机の上に啓太を座らせたまま、和希はまるで跪くように机の前に立膝をついて、啓太のむき出しになった膝にちゅっと音を立ててキスをした。それを合図にしたかのように、啓太は足からほんの少しだけ力を抜いた。すぐさま、和希のほんの少しだけ啓太よりも冷たい指先が柔らかく足を左右に割り開いた。見えないという不確かな感覚に隠されて羞恥は闇に紛れ、啓太は馴染んだその感触を待ちわびて、自分の膝の間にある和希の髪を誘うように弄った。
「舐めてもいい?」
ほんの少しだけ掠れた低い声で、和希が啓太を上目遣いに見て問いかけた。答えなど、疾うに出ている。啓太は急かすようにずりっと机の上の体重をほんの少しだけ前に移動させて和希の頭を抱え込んだ。
「うん、いいよ。いい、から・・・っ、はやく。」
ふっと、敏感な部分に和希の吐息がかかるのが感じられた。
「あぁ!」
それだけでびくんと身体が揺れるのが止められない。人目を忍んで、足音すら消してここまで来た事を忘れたかのように、啓太は和希の唇と舌の動きに甘い声を漏らし続けた。
「和希ぃ、和希!」
「・・・っ、啓太・・・!」
和希のくぐもった声に、自分を見ているだけでは出得ない切羽詰った響きが混ざる。はっと波に流されそうになっていた啓太が和希を気遣った。
「か、・・・ずき、お前・・は、どう、するの。」
ふっと困ったように眉を寄せた和希が、机の支柱から身体を離し、口はそのままで両手を啓太から離して自分へと導き、またゆっくりと動き始めた。
 

 両手がふさがっていて不安定な和希の頭の動きを助けるように、啓太は自ら和希の顔をそっと包んで腰と一緒に動かした。
「ああ、あ・・・」
「・・・ふっ。」
啓太からは机の下がどうなっているか見えない。けれど、和希になされる行為のリズムに合わせて零れ落ちる自分の声に、和希の息継ぎとたまらなく啓太を煽る低い呻きが重なっていた。
「和希・・・かずき!」
「・・な、に。啓太・・・はっ。」
問いかけるような声に、和希がほんの少しだけ動きを緩めて啓太を見上げると、瞳の端に欲情の色と涙を浮かべた啓太がそこにいた。
「和希も、気持ちいい?」
心配そうな啓太の心遣いに、和希は少しだけふっと笑ってするりと啓太の腿を撫でた。
「大丈夫。」
暗闇で糸を引くようなぬるりとしたその感触と、熱く湿り気のある手の平に少しだけ満足して、啓太は自身が見えるであろう場所にためらいもなく視線を落とし、そこにある和希の頬をすっと触ってにっこりと微笑んだ。
「明日は、ちゃんとしよう、な。」
「・・・!・・・ああ。」
雰囲気と暗闇に助けられたとは言え、あまりと言えばあまりの啓太の発言に和希は大きく目を見開き、そして至極の微笑を浮かべて動きを再開した。

 

ここが教室だという事も忘れ、熱を放ちあった二人は、お互いのコートを着せ合って、机の上から立ち上がってはじめて困った事が一つあるのに気がついた。セキュリティーをいじったのは、教室の入り口だけだった。それはつまり、窓が開かないと言うこと。何が問題かと言うと、ここに篭る熱気と、それに・・・ふと感じてしまうこの独特の臭気。汚してしまった机や床は濡らして絞ったシャツで拭えばよかった。しかし漂う空気は誰かに何かを感づかれてしまうのには十分すぎるほど濃厚に、この部屋に満ちていた。 

このままにはとてもしておけないよなぁ、と啓太は思った。誰かに何かを気づかれでもしたら、万が一和希と啓太が寮を出て行くのを見ている生徒がいたりしたら、啓太はともかく和希はマズい事くらい啓太にだって分かる。もちろん、啓太は和希を守るつもりだが、そんな事言うと、きっと和希は、いや俺が啓太を守ると言うのだろうけど。それはそれで嬉しいが、啓太だって和希を守りたい。守られてばかりなんて、そんなの悪いし嫌だから。そんな事を考えつつ、啓太はそばにある和希の顔を見上げた。

休みがあと丸一日あるとは言え、明日部活動で必要な誰かが入ってこないとは限らない。この場にパソコンも持ってきていない。このまま教室のドアを開っぱなしにしておくわけにはいかないし、それだと明日の朝ごろに、きっと七条さん辺りに見つかってしまう。そこではじめて和希は考えなしだったかなぁと呟いてぽりぽりと頬を掻いた。深刻になりかけた啓太の顔とは裏腹に、その和希の表情があまりに情けなくて、啓太は思わず笑ってしまった。済んでしまった過去はしょうがない。手はまだあるのだから。

結局二人でオートロックの教室を一旦後にし、真夜中のサーバー塔の理事長室に向かった。そこに行けば、和希のノートパソコンがあるし、寮よりも近い。和希はまたセキュリティーを弄って、あの教室の窓とドアのロックだけをはずした。そして今度はパソコンを持って教室に戻った。窓を開けて少し換気する。すると、闇と静寂だけだった締め切られた空間に冷たい夜風が吹き込み、臭気と共にあの不思議な雰囲気をも拡散させていった。カラカラと窓を閉める音が響き、サッシが閉まる音に、啓太はやっと現実に返ったように燃えるように顔を赤面させた。来週から、どうやって平気な顔をしてあの机で勉強したらいいんだろう。自分で誘ってしまった事に、今更ながらにうろたえる啓太を見て、和希はクスっと笑って啓太の耳に吹き込むように言った。
「約束、忘れないでくれよ?」
「約束?」
何の事だか一瞬分からず、聞き返してしまった啓太は和希の答えを聞いて、和希がしていた事を想像してまた頬を染めた。
「明日は、ちゃんとしような。」
「ばかっ!」
思わずそう和希に叩きつけた言葉は、それでもやはり甘く響いていた。いつもの啓太に戻ってしまった事に、少しだけ肩を竦めた和希が、清浄な空気に入れ替わった教室を、マフラー片手に足早に出て行く啓太を追いかけた。
「待ってくれよ、啓太。」

外は教室よりも明るく、耳や首筋まで真っ赤になっている事を和希に気付かれているとは、啓太は気がつかないままだった。足音が遠ざかり、また静寂が教室に落ちてきた。そこには澄んだ夜の空間が、また何もなかったかのようにそこに存在しているだけだった。
 

おわり