夜の学校 1
「啓太・・・」
「あ、和希・・・」
なんだかんだと流されて、いつものように二人きりで、ここは和希の部屋。土曜日の夜も更けるいい時間。和希の言葉と甘い声に全身とろかされて、その波に押し流されてしまいそうになった啓太の視界の端に、ふと和希の部屋の壁フックにかかった啓太のコートが見えた。お気に入りのロングコート。無地だしそれほど目だって高価だとは分からないけれど、実はかなりの品。去年和希から贈られたプレゼントだ。手触りだっていいし、温かみだってばっちり。裁縫にも詳しい和希に言わせると、仕立てもかなりきちんとしている信頼できる品だとか。きっとかなりの値がはったに違いない。受け取る時にも、その後にも、何度も高かっただろ?と聞いても、和希は笑ってごまかすばかりでちっとも答えてくれなかった。結局、値段は分からずじまい。そう言えば、コートと一緒にマフラーも貰っていた。手袋とおそろいの、真っ白で綺麗な、もちろん和希手製の。
『・・・ホント、和希って器用だよな』
和希の手と唇にもてあそばれて、もう抵抗すらできなくなった頭の端っこで、そんな事をぼーっと考えていた啓太は、ふとある事に気がついた。コートのポケットから手袋がのぞいている。でも、あれ?マフラーは・・・?
「あー!」
いきなり大声で叫んだ啓太に、ほとんど啓太の服を脱がせてさあ準備完了と言ったところの和希がびくっとして目を見開いた。
「啓太?」
思わず手を止めてしまった和希は、啓太を上から覗き込んだ。
「俺、忘れてた!うっかりしてたよ和希!」
「へ?何が。」
「マフラー!教室に忘れた!」
そこには、明らかに自分ではないモノに集中している啓太の姿が。はぁ、とため息をついて、和希は言葉を続けた。実にめんどくさそうに。
「月曜日になったら取りに行けるだろ?」
しかしそんな和希の都合なんか、啓太は構っていられなかった。
「でも、明日とか寒いだろ?」
「そしたら俺のを貸してやるって。それとも今日みたいに、一緒のマフラーで出かけるとか?」
ニっと笑って、和希が啓太に片目を瞑って見せた。照れるかなと思って言ったセリフも、啓太を怒らせるのにしか役に立たなかった。
「和希!そのせいで俺、マフラー忘れちゃったんだろ?お前の仕事待ってたから、誰にも見られずに済んだけど、もしあんな格好誰かに・・・そうだよ、万が一 成瀬さんとかに見つかってたら、大変な事になってたぞ?俊介だったらもっと大変だったって!」
そう、今日は夜まで啓太は和希の仕事が終わるのを待っていたのだった。そして理事長室から出てきた格好はと言うと、一緒のマフラーをしている和希と啓太だった。そこまで辿り着くまでも何だかんだとあったり啓太が照れたりしていたが、結局夜だし誰も見てないしと言う事で、以前和希が贈ったモヘアの長いマフラーを二人でして帰ってきたのだった。
「でも、見つからなかっただろ?」
「それはそうだけど・・・でも、あんな恥ずかしい事、学外では絶対できないぞ、俺。」
「分かった分かった。なあ、啓太。分かったから。明日出かける時は、ちゃんとお前のマフラー用意してやるから。」
「うん・・・でも・・・」
「だから、さ。続き、いいか?」
「う・・・うん・・・」
まだ何か言いたそうな啓太に、和希はふうとため息をついて肩をすくめた。
「分かったよ。どうしたいんだ?啓太は。」
「和希!俺、学校にマフラー取りに行きたい!」
「え?今からか?」
「うん。だって、なくなってたらやだし。」
「そんなの俺が、またいくらでも編んでやるって。」
「でも・・・」
そこで少し言いよどんだ啓太に、和希は小さく微笑んで続きを促した。
「でも?」
「あれは和希からもらった、初めての手編みのマフラーなんだから。」
そう言って、啓太の頬がほんのりと赤く染まった。
「啓太・・・お前・・・」
こうなるともう、和希の完敗だった。元々惚れた方が負けなのだ。それでなくとも、和希は啓太に負けっぱなしだ。もう一度、ため息をついて、和希は啓太の服を着せてやるのを手伝おうと手を伸ばした。
「分かったよ。一緒に行ってやるよ。」
「うん!サンキュ、和希!」
その笑顔を見られただけで、和希はおあずけを食らって苦しい自分の状態も、少し緩和されたような気がした。
続く。
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