ロクガツココノカ
映画も面白かった、ケーキも美味しかった。門限に間に合わないという事で、散歩は学園島の海辺をだったけど、それはそれで楽しかった。でも、今日は夜まで。ううん、明日の朝まで和希と二人っきりでゆっくりできる。なんだかそれだけの事なのに、今日が特別な日だからなのか、俺はものすごく嬉しかった。本当は和希を一番喜ばせてあげたい日なんだけど、デートに行く前も、遊んでいる間も、帰ってきてからもずっと和希はなんだか幸せそうに笑ってるから、なんか俺が楽しんでてもいいのかなっていう気分になっていた。でも、そんな余裕ぶってられるのも、大浴場からあがって和希の部屋に来るまでの事だった。
一緒に大浴場に行って、相変わらずまわりのみんなにからかわれつつあがってきて、今は和希の部屋のベッドの上にはほっかほかになった二人がいる。窓を開けたままでも肌寒くない季節になってきたし、今日は気持ちよく晴れていたから夜風に当たりたいと、思わない事はない。でも、これからの事を考えると、窓を開けるのをちょっとためらってしまって、結局俺は和希の隣にちょこんと腰掛けているという訳だ。和希の匂いが微かにするクッションを抱きしめて、俺はさっきからぐるぐる回る頭で色々考えていた。
自惚れている訳でも、自意識過剰な訳でもないと思う。ただ、和希なら絶対に何がほしいと言ったら「啓太。」と真顔で返されそうな気がする。でもそれだけじゃ、あまりにもどうかと思う。だってそれじゃあ、いつもどおりじゃないか。今日じゃなきゃいけない、何か特別なものを和希にしてあげたかった。それに、ケーキも結局あの一口以外は俺がほとんど食べちゃったし、同じ俺をあげるんだったら、せめて和希の事を気持ちよくさせてあげたいんだ。さっきから時間にしては数分だったかもしれないけど、長い逡巡を経て、俺はやっと決意して顔を上げた。
「和希がやってほしい事、何でもするよ?」
すると、今まで心地よい沈黙を笑顔で満喫していた和希がふっと笑って俺を至近距離で見つめてきた。
「俺は、今ここにお前がいてくれるだけで嬉しいよ?」
「でも、俺はそれだけじゃ嫌だ。和希に何かしてあげたいんだ!」
「そ・・・それは・・・」
困ったように、いつものクセで頬をかいて笑う和希を見ていると、なんだか俺の悪戯心に火がついたみたいだった。だから、いつも和希がするように、俺はニッと笑って和希のパジャマのズボンに手をかけた。
「な・・・何を・・・?」
今度こそ本気で驚いて、少し頬を染めている和希を見るのは何だか楽しかった。
「和希が決められないんだったら、俺が勝手に和希のしてほしい事を決めて、やっちゃうよ?」
「分かった!分かったから!」
そこまで言うと、和希は「もう降参」のポーズを取って、アッハハと笑ってから長いキスをした。それから急に真顔になったかと思うと、
「嬉しいよ・・・啓太。」
そう囁いて膝の間にある俺の髪の毛をくしゃりと撫でた。なんだかそれが恥ずかしくて、俺は黙って和希のものを躊躇なく口に含んだ。
「・・・っ・・・」
時々、和希の苦しそうでいて、それだけじゃない吐息が降ってくる。それでも夢中になって舐めたり擦ったりしている俺の頭を撫でる手は相変わらず優しくて、俺は嬉しくなってちょっと顔を上げた。
「和希・・・きもち、いい?」
すると、ほんの少しだけ上気した頬でにこっと笑って和希が答えた。
「うん・・・とってもいいよ、啓太。うまくなったね。」
その言葉にちょっと赤くなった俺は、思わずこう口走ってしまった。
「だって、いつもしてもらってばかりじゃ嫌なんだ。俺もやってもらってるみたいに和希の事、気持ちよくしたいんだ。」
すると、俺の口が離れて余裕ができたのか、和希がものすごい嬉しそうに、それでもなんだか含み笑いを隠さずに言った。
「いつも気持ちいいの?」
それを聞いた瞬間、俺は体温が二度くらい高くなったようにカアッと赤くなってしまった。しまった!言葉で和希に勝てる訳がないんだ。でも、今日は特別なんだから。負けっぱなしだって、それでもいい。だから俺は、思い切りの気持ちを込めて、そっと頷いた。
さっきから、もう随分経っているような気がする。顎がだるくなってき始めて、俺の身体も、もう限界まで熱くなってきていた。それでも和希のそれはまだ大きくなる余裕を見せていて、俺はもうどうしようかと思っていた。両手が塞がっている今、片手で自分をどうこうとか、和希みたいに器用な事もできる訳もなく、どうしようもなくて腰をベッドのスプリングに押し付けてしまおうと思った瞬間だった。頭の上から和希の切羽詰ったような、少しだけ早口の言葉が降ってきた。
「俺もやりたいんだけど、俺もお前を気持ちよくさせてくれる?」
「・・・うん。」
一にも二にもなく、素直に和希の言葉を肯定してしまった俺はもう半分くらい夢の中で、穏やかな、それでも艶の含まれた和希の声にゆるゆると従ってしまっていた。
「ほら、ベッドに登ってきて。」
ぺたんと床に座り込んでいた俺は、もう半分くらい足腰が立たなくなっていて、手だけでベッドによじ登ろうとしていた。そしたら和希にひょいと脇から抱えられて、気が付いたら和希と一緒にベッドに寝転がっていた。まだぼーっとしていて和希の言った意味を飲み込めていない俺に、和希はまるで催眠術みたいに静かな声で俺に囁いた。
「こっちに足向けて、俺を跨いでごらん?」
自分からやるのは随分前よりは平気になったけど、その逆はどうしても戸惑ってしまう。だから、そんな恥ずかしい事・・・と思うけど、和希が言ってるんだったらしょうがないじゃないか。だって今日は和希の誕生日なんだ。俺にも、和希にも、特別な日。和希がここにいてくれて嬉しいよって、心も身体もそう伝えたがっている。だから、俺はそっと和希と逆を向いて和希に覆いかぶさった。
いつも、同じ状況になるたびに思う。俺のたくらみは絶対に成功しない。今のところ数えるのが嫌になるくらい敗0勝だ。いつかはちゃんと口だけで和希をいかせてあげようと思うのに、いつもいつも和希をいかせる前に、自分が限界まで追い詰められてしまうから。それだけならまだしも、手先も舌先も器用で、どうしたらいいか分からないくらい巧い和希に追い上げられて、快感で訳が分からなくなって、もっと、早く和希がほしいとねだってしまう。そして今日も同じパターン。あんなに頑張ったのに、俺は和希の口に含まれている自分の方に意識のほとんどが引っ張られてしまって、自分の口元が疎かになってしまっていた。おまけに冷静になろうとする頭の中とは裏腹に、勝手に口が動いてしまう。
「も・・・ダメ。はやく・・・和希!」
「・・・限界?」
優しく問われると、コクコクと頭を揺らして同意してしまった。もうその頃には、むしろここまで我慢した自分を誉めてあげたいくらいな気持ちになってしまっていた。
「うん、だから・・・いれて、かずきぃ・・・」
ひやっとする空気と接触した事で、和希の口が俺から離れるのが分かった。もうどうしよう、動けない!と思って四つん這いのまま固まっていた舌足らずの俺を、下からそっと微笑んで和希が引き上げてくれる気配がした。その動きと、あちこちに身体が擦れて生まれる小さな快感の群れにいってしまわないようにと俺が一心に耐えていると、さっきまで下にあった和希の身体が、いつもみたいに上から被さってきて、目と目が合った。和希が寝転んでいたシーツが暖かい。なんだか全身を和希の体温に包まれているみたいに感じて、俺はうっとりと目を閉じて、早く早くと急かす身体をほんの少しだけ押さえつけて、この思いをちゃんと言葉にした。
「和希、生まれてきてくれて、ありがとう。今、ここにいてくれて、ありがとう。大好き。お誕生日、おめでとう。」
少し、また驚いたような顔になった和希は、目を細めて本当に幸せそうに笑った。汗ばむ俺の顔を、同じようにいつもより熱くなった和希の手がそっと撫でて、それからそっと触れるだけの、どこか神聖だと思えるようなキスをした。
「ありがとう、啓太。俺も、生まれてこれて、こうやってお前と一緒の時を生きられて、本当に嬉しいよ。俺も、大好きだよ。愛してる・・・啓太。」
唇をほとんど合わせた状態で、和希が囁いたその言葉は、すうっと俺の中に沁み込んでいって、空気までが和希と一緒になったみたいだった。これで、ちゃんと和希へのプレゼントになっているかな?そう思った瞬間に、もう存分に濡れてやわらかくなっていた俺の中に和希が入ってきた。突き上げられる、待ち焦がれた快感に、俺は訳もなく嬉しくなって、それでもどこか切なくて、涙を一粒流したのだった。
おわり
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