肝試し 1

 

「よーし!今夜8時、この場所に集合だ!」

少しだけ涼しくなった、それでも炎天下と呼べるような気候の中、さらに暑苦しくなるような大声が、ここベルリバティースクールの中庭に響き渡った。

 

お盆も過ぎ、あと1週間で学校が始まる。実家に帰っている生徒も多く、またそうでない者は宿題に追われている。だからなのか、ここにいるのはなぜだかいつものメンバーくらいだった。1年生からは啓太に和希。2年生は俊介に西園寺と、西園寺のいるところには当然のように七条、そして啓太のいるところにはこれまた当然のように成瀬。3年生からは無理やり引きずり込まれた中嶋と、夏休みの最後の最後に面倒ごとを起こされてはかなわないと寮長の篠宮、そして篠宮の影のように岩井もいる。なぜかそこに海野先生まで参戦しており、なかなかの大所帯になっていた。そして、そんな中で先ほど大声で開催を宣言した生徒会長の丹羽。今日行われるのはベルリバティースクールの校舎全体を使った肝試し大会だった。もちろん発案者は生徒会。いや、正しくは生徒会ではなくて丹羽の独断だった。ここまで漕ぎ着けるのには、色々な障害というほどもないものが立ちはだかってはいたものの、有限即実行型人間の丹羽が、鬼畜眼鏡こと中嶋副会長を説得できるのも時間の問題だった。結局、最後まで渋っていた中嶋だったが、お前は好きなポジションで何でもやっていいと丹羽に言われると、しぶしぶと言った風に中嶋は許可した。
「もう、理事長と学園側には許可は取ってある。セキュリティーも肝試し中だけ、校舎内は外してもらったぜ。」
手回しは完璧、という訳だ。もちろん、参加するメンバーには自動的に校内でふらふらしていた啓太も組み込まれている。理事長の許可という言葉に、啓太はキッと和希をにらんだが、当の本人は知らん顔をして視線を逸らしている。何を隠そう、啓太はこういった怪談・肝試し・オバケ屋敷の類が本気で苦手なのだ。散々そんな事分かっているだろうに、許可を出した理事長が憎い。理事長であり、身分と年齢を偽った「一年生」である遠藤和希が憎たらしかった。それでも、事情を知らない生徒もいる中であからさまな批判もできず、黙って和希の靴を思いっきり踏みつけた啓太と、そんな事すらうれしいかのように、にやける和希を、全くしょうがないなとでも言うように、西園寺が後ろから眺めていた。
 

そんなこんなで、今に至る。
「そんじゃ、組み分けすっかな。」
「組み分け・・・ですか?」
一瞬和希にばかり気を取られていて、丹羽が何を言っているのか分からなかった啓太が聞いた。
「そ、組み分けだぜ啓太。当たり前だろ?肝試しすんだ。驚かす方と、驚かされる方、両方要るだろ。」
ウキウキした口調で丹羽が言うと、
「ではくじ引きでもするか?」
と篠宮がもっともらしい提案をした。
「でもその前に、希望を聞いた方がいいのではないですか?」
さっきまで西園寺の後ろに控えていたのに、七条まで話の中心に出てくる。オカルトまがいの話になると、飛びつきが妙に良いのがたまに傷なのが七条だった。しかしそんな七条の案に珍しく、事もあろうか中嶋が賛成した。
「そうだな。まずどちらがいいか希望を出し合えばいい。それでどちらかに偏るようであれば、修正すればいい事だ。」
「それじゃあ、中嶋さんはどちらがいいんですか?」
ただで七条に賛成しないのが中嶋だった。もちろん、やりたい事がどちらか一方にあるからに決まっている。聞いた啓太を眼鏡の奥から見下ろして、中嶋は背筋が凍るような声で己の今夜の立場を宣言した。
「驚かせる方が、楽しいに決まっているじゃないか。」
思わず背筋がぞわーっとするその場にいた一同であった。そしてもちろん啓太は、『どうか中嶋さんには驚かせられませんように!』と、必死に儚い願いをこめて祈るのだった。

 みんながまだ中嶋効果から抜け出せられないでいると、そんな空気知ったこっちゃねえと言わんばかりの嬉しそうな声で、俊介が叫んだ。
「やったるでー!みんながビビって動けんようになるくらい、驚かしたるわ!」
そう言ったかと思った瞬間、詳細を何も聞かずに俊介は準備に走り出してしまっていた。あっけに取られた一同の中で、次に冷静さを取り戻したのはやっぱり篠宮だった。自分の後ろにひっそりといる岩井を振り返り、ふうとため息を吐いて口を開いた。
「卓人、お前はびっくりしたらまた倒れかねない。どうしても参加すると言うならせめて脅かす側に回れ。」
そう篠宮に言われ、岩井はこっくりと頷いた。
「そちら側に回るなんて・・・考えても、みなかったよ・・・」
ただ、そう一言感想を漏らしただけだった。
 

そんな3年生を尻目に、2年生たちも好き勝手に騒いでいた。
「私はそんなくだらない行事に参加はしない。」
何だかんだと話は聞いていたものの、やっぱり憮然としている西園寺がそう言ったのは、当然と言えば当然の事だったのかもしれない。しかし、
「いいじゃないですか、郁。」
と、珍しく七条が西園寺の参加を促していた。それはやっぱりこういう事が大好きな七条さんだからなのだろうかと、啓太は思わず苦笑してしまっていた。
「本当は僕も驚かせる側に行きたいのですがね、郁がそう言うのならば、僕も驚かされてあげましょう。」
やけに驚かせがいのないお客になりそうな七条であった。
 

 本来なら言い出しっぺの丹羽が仕切りをやってもよさそうなものだが、そこは自分がやりたいばっかりの丹羽。ちゃっかり驚かされる側に回って、篠宮に面倒をうまく押し付けてしまった。
「えっと、僕は驚かせる側に行ってもいいかなぁ?」
そこに何故か海野先生も乱入し、うきうきとした口調でそう言われてしまえば、篠宮としてはもう取り仕切り役を引き受けるしか選択肢が残ってはいなかった。仕方ないとため息をついて引き受ける、人の良い寮長に啓太はありがとうございますとでも言うようにぺこりと頭を下げた。

 こういう時、本当の年齢がいくつであろうが、実は理事長であろうが、学年の威力というものは絶対だ。これ以上驚かせる側が増えては困ると、和希と啓太は自動的に驚かされる側に回っていた。そして啓太の方には当然成瀬がついてくる。
「ハニー、僕がついているから安心してね!」
「は・・・はぁ。」
「ちょっと!啓太にベタベタしないで下さい成瀬さん!」
「いいじゃないか、啓太のお友達くん。」
「啓太だって暑いですよ、離れて下さい!」
「そんな事ないよね、啓太。だって僕たちはいつだって離れられない運命なんだもの。」
「あの・・・えっと・・・成瀬さん・・・」
 

いつもの3人のじゃれ合いをちらっと見て笑った後、丹羽がまたあの暑苦しい大声でまとめにかかった。
「よーし、じゃあ、仕切りが篠宮な。頼んだぜ。それから、驚かせる方に中嶋・岩井・海野先生・俊介。驚かされる側に啓太・遠藤・郁ちゃん・七条・成瀬でいいな。」
こういうまとめ役は、本当に王様よく似合うなぁ・・・と関心している啓太をよそに、こっくりと賛同の意思を頷いて伝える一同に、丹羽は機嫌を良くしてニッと笑った。
「驚かす方の奴は、校舎の解放が7時だから、それから8時までの間に準備をしてくれ。詳しい校舎内の道順とかは中嶋に聞いてくれれば分かるから。驚かされる側の奴は、さっき言った通りだ。8時に中庭のここに集合な。それから・・・あー、もう行っちまった俊介には後で詳細とか伝えとくからよ。じゃ、また後でな!」
こうして昼の部は解散となった。

 

「肝試し2」に続く。