甘い土曜日

 

「んー、美味い!」
ケーキを頬張っていて俺、伊藤啓太ははっと気が付いた。何やってんだ俺!これじゃいつもと同じだよ・・・がっくりと反省をしつつも、それでもケーキの美味しさに頬が緩むのを止められない俺と和希がいるのは、学園島に近いカフェだった。

 

今日は和希の誕生日だ。本当は、二人で泊まりでゆっくりどこかに出かけたりしたかった。せっかく和希の誕生日が土日に入っているのだし。でも、ギリギリまで和希の仕事がどうなるか分からなかった。だから、外泊届けはもちろん、この外出届だって篠宮さんに泣きつかなければどうなっていたか分からなかった。でも、和希の誕生日なんです!外で祝いたいんです!と俺が半ば泣きそうになりながら訴えたら、ため息一つで篠宮さんは外出を許してくれた。結局出かけたのはお互い学食と仕事場で昼食を取った後、午後1時過ぎになってからだった。 

そんな背景もあって、俺たちは今、久し振りに学園島の外まで遊びに来ている。せっかく和希の誕生日なんだし、和希の行きたい所に行こうと言ったら、
「普通の高校生のデートがしたいな。」
の一言。
「普通の高校生って何だよ・・・お前だって・・・まあ普通じゃないけどな。」
そう言って笑い合っていた。困ってしまったけれど、とりあえず普通って事は、お金があんまりかからないデートでいいんだよな?経験値が圧倒的に少ない俺としては、思いつくのは映画にカフェに散歩・・・それくらいだ。あまりにもベタと言えばベタな休日ではあるものの、二人そろって帰る場所がある今は、それが一番普通で幸せなんじゃないかと俺は勝手に思っていた。

 映画はこの前TVでやっていたハリウッド人気作の続編。笑って泣いて、ちょっと感動できるやつだ。もちろん高校生料金で俺が支払う。いつも俺ばっかり奢ってもらうのも何だし。だって「普通の高校生」って指定したのは和希なんだから。誕生日の相手に奢るくらい、普通だろ?あー、でも和希が高校生料金で入るのって、ちょっとサギっぽくて笑える。いつもだったら、和希がこっそり大人料金を払っている。そんな事を考えてチケット窓口で必死に笑いをこらえていた俺を見て、和希はむうと膨れっ面をしていた。それがまたいつもの理事長室にいる和希と同一人物にはとても見えなくて、俺は窓口のお姉さんが首を傾げるほどそこで爆笑してしまった。

 映画を見終わると、まだ明るいものの夕方に片足を突っ込んだくらいの時間になっていた。ちょっと小腹もすいたし、どこかでお茶にしようという事になった。で、適当に俺が店を探していたら、和希がほんの少しだけ遠慮がちに俺に言った。
「啓太を連れて行きたい店があるんだけど・・・」
もちろん、断る理由なんてこれっぽっちもあるはずもない。和希がそう言い出してくれたのが、むしろありがたかったくらいだ。バスに乗って、目指す場所へ向かう途中、俺は急にドキドキしてきた。だって、和希が行きたい店って事は、高いのかなぁ・・・。そんな自分の懐具合を心配していたら顔に出ていたのか、和希がふっと笑ってこっちを向いた。
「大丈夫。美味しいけど値段はいたって普通だよ。それに学園島に近い場所で少し引っ込んだ場所にあって小さい店だし。石塚が出張の帰りに寄りたいって言って、以前車で来た事があるんだ。その時に俺も食べたけど、すっごく美味かった。だから啓太にも食べさせたいんだ。」
そう言って片目を瞑って見せた和希は、なんだか今日の主賓じゃないみたいだった。

 

そして、今に至る。確かに、その店は目立たないところにあった。崖の近くにあって、沢山の観葉植物やらツタやらにぐるっと全体が取り囲まれていて、少しバスで通ったくらいでは、崖の植物と同化して見えるくらいだ。でも、ひっそりとした空間に落ち着いた雰囲気、濃い茶色と白を基調とした店内、それにほのかに香るコーヒーとケーキのいい匂いがすごく合っていて、俺はただの店だというのに少しだけ感動したんだ。俺はパティシエお勧めの期間限定のホームメイドパイとカフェオレを、和希はオリジナルブレンドのコーヒーだけを頼んだ。最初にコーヒーだけが出てきたが、そこにはまだ固まりのままのいい匂いのするシナモンが添えられていて、それだけでもお洒落だなぁと関心してしまった。しばらくすると、俺の頼んだケーキも出てきた。かぼちゃの味がすごい濃いのに甘すぎないパンプキンパイにはふわふわの生クリームとミントが添えてあって、女の子なら絶対に喜ぶ一品だと思った。いや、俺だってすごい美味しいと思った。だから、半分くらいまで夢中ではぐはぐと食べてから気が付いた訳だ。これじゃいつもと同じ。全然和希の事祝えてないよ・・・って。
「なんだか、和希の誕生日なのに俺だけって変だぞ?」
普通、お祝いをする相手にケーキ、だろう?なのに俺しか頼んでない。
「ん、そうか?俺は、啓太が楽しんでくれるのが一番嬉しいから。」
「またそういう恥ずかしい事を平気で言う・・・」
俺は砂糖を入れてコーヒーをかき回したコーヒースプーンをくわえながらもにょもにょと口ごもった。うーん、じゃあ、どうすればいいんだろうか。そこで、俺はいい事を思いついた。
 

さっき注文をした時に、ウエイトレスさんに言われたんだ。
「フォークは二つご用意いたしましょうか?」
って。そりゃそうだよね、二人で一つしかケーキを頼んでいないんだから、もう一人が一口食べたくなるかもしれない。そんな気配りまで嬉しくなって、和希の言葉を待たず、俺はフォークを二つ頼んでいたんだった。でもフォークは使われず、持ってこられた籠の中に入ったままだ。
 

「すっごく美味しいよ。和希も一口どう?」
まずはそう言ってみた。ほしいと言えば、さっき用意してもらったフォークを渡して、真ん中に置いたケーキを二人でつつこうと思って。でも、和希は
「いいよ。美味しいんだったら、啓太が全部食べても。」
とか言って嬉しそうにしているだけだ。違うんだよ!それじゃ俺の気がすまないんだってば。だから、思い切って半ば無理やり和希に食べさせる事にした。
「はい、和希。あーん。」
そう言って俺は、使っていたそのままのフォークで大き目にケーキを一口切り取って、クリームもたっぷりつけてから和希の目の前に差し出した。和希はあんまり甘いもの食べないって知ってるけど、ここを美味しいって俺に勧めてくれたんだから。前に和希も食べた事あるって言ってたし、美味しいと思ったんだろうから大丈夫だよな?それに、チョコとかイチゴとか、俺がいつも頼むような甘ったるいものとはちょっと違うし・・・そう考えてじっと和希を見つめた。
「・・・けーた・・・」
ふと口を開いた和希は、何だか微妙に複雑そうな顔をしていた。なんだろう、この表情。どこかで見たような・・・と、そこまで考えて俺はいきなり恥ずかしさがこみ上げてきた。あーんって!どこの新婚さんだよ!俺、今ものすごい恥ずかしい事してないか!?思わずなんか自然にやっちゃったけど、ここはベルリバティーの学食でも和希の部屋でもないんだぞ?店の中で、しかも明るいし、店員さんだって、他のお客さんだっている。なのに、なんかすっかりいつものペースに慣れっこになっていた俺は、何て事しちゃったんだ・・・!ボンッと音を立てたように赤くなった俺がアワアワしてると、急に和希がニコッと笑って顔を俺に近づけてきた。思わず
「ひゃあっ!」
と言って目を瞑ったら、和希がぱくんとケーキをそこから食べ終わったところだった。空になったフォークの先を見つめて呆然としていた俺に、和希がやけに色っぽい仕草で自分の唇についたクリームをゆっくりと舐め取ってから、いつもの甘い低い声で俺に囁いたんだ。
「ありがとう、啓太。最高の誕生日だよ。」
もう、俺には何も言うべき言葉は残されていなかった。
 

なんとなく「ロクガツココノカ」に続く。