雪夜
今宵はよく冷える。 誰もがそう思わざるをえない冷たい北風が,西岐の城を吹き抜けた。粉雪が舞い始めたのは,もう夜も大夫更けた頃だった。漆黒の闇から冷たい地上に降ってくる雪たちは,信じられない程の白さで見る者を魅了する。徐々に積もり始めたそれは,回廊にかすかな足跡を残して消えた。沓の音が,小さく遠くまで響いている。こういう夜は人に心の内を見せたくなる。静けさが心を乱し,待つ者を,迎える者へと変わらせる。太公望は明かりもつけず,唯一人で待っていた。ここへ来るであろう,蒼髪の男を。唯一人,閨の中で。 随分と時間が経ったように思えた。いつもであれば,もうとっくにこの部屋を訪れているであろうに,今宵はなかなか想い人は現れなかった。しかしここから太公望自らあの男の部屋へ行く事はしない。今日も,唯待つだけ。それが時には悲しくもあり,煩わしくもある。昼間には決して見せない表情の太公望がここにいた。いや,普段なら決して夜にも,まして閨の中でさえ見せた事のない瞳は,降りしきる雪を映してさらに深い色へと変わっていった。 小さな足音が,戸口で止まった。いつもどうりの呼び掛けに,すっと足だけ閨から降ろし,衣擦れの音で相手に共犯の合図を送る。軋みをあげて戸が開く。楊戩が手に持っていた物は,暖かそうな掛け物と,少しばかりの薪だった。すっかり火の気の消えたこの閨に,微かな温もりが入り込む。ようやくおきた火を消さぬよう,楊戩は静かに太公望に近づいた。無言の時が過ぎる。 おわり |