挿入話
(19巻と20巻の間:なぜ楊戩さんは望ちゃんがもう疲れて寝ていると知っていたのか?)
 

 

 月が昇りかけた頃であった。楊戩は武王と明日の朝歌進軍の打ち合わせを行うため、武王の帷幄の近くにある太公望の幕の前を通りかかった時、楊戩は太公望を視界にとらえた。
「師叔!」
何気なく声を掛けた楊戩に、太公望は瞳に暗い影を落としそうになった。が、それも一瞬のこと。すぐにいつもの笑顔に戻り、うれしそうな楊戩に微笑みを返した。

「おお楊戩。これから打ち合わせか?ご苦労だのう。」
「いえ、いつものあなたに比べたらこれくらい。」
「はは。」
少し笑った太公望は、一呼吸おいて、今夜の計画を実行し始めた。天化のことを、まだ皆には気づかれてはいけない・・・。
「すまんが・・・、今日は早く休ませてもらうぞ。良いか?」
楊戩は、わざわざそのように言う太公望に少し首を傾けたが、笑顔で答えた。
「ええ、いいですとも。あなたはいつも遅くまで働きすぎなんですよ。僕のように丈夫じゃないんですから、気をつけてくださいよ。それに今日は打ち合わせが済めば、特にやることもありませんし。」
「そうか・・・。では、な。」
そう言ってくるっと向きを変え、幕に入ろうとした太公望に、楊戩は声を掛けた。
「あ!師叔、ちょっと待ってください・・・。」
「何だ・・・?」
そう言おうと口を開きかけて振り向いた太公望に、楊戩は身をかがめて顔を近づけた。
「・・・・!!」
顔を離した楊戩は、ニコッと笑った。
「あなたが良く眠れますように!」
「・・・・ダァホめ・・・・」
顔をそむけ、太公望は幕に入っていった。その後姿を楊戩は、優しい目で見つめていた。
 

 しかし太公望は眠ったわけではなかった。太公望の心にまた一つ、新しい傷が加わろうとしていた・・・・・・。

おわり