青天 続編

 

 決して望まれない生がこの世に現れて、もう何年も過ぎようとしていた。生まれるはずのない、類稀なる純血の仙人、生まれながらにして力を持った妖怪仙人―――は今通天教主の元を離れようとしていた。その高い能力を秘めた青い髪の子を前に、通天教主の心は不安に駆られた。どうして生まれてきてしまったのか、何故まだここに居るのか、本当にこれで妲己の目から逃れられるのか‥・と。しかし通天教主には、この楊戩と名付けた息子を殺し、存在を消す事ができなかった。何かがそれを阻んでいると感じた。短絡的な妖怪であるはずの自分が持つ感情ではないとも思った。この子は必ず利用され、この天才的な要素は隠し続けられ、存在を偽り、苦しむであろうことは火を見るより明らかであった。苦しめるために生かすなど、通天教主には耐えがたいとも思った。それならいっそ自分の手で消すことのほうが、どんなに善いのかとも。造作もない事である。しかし、―――世界が望んでいる―――通天教主はそう感じた。何かがこの生を望んでいる・・・と。それは圧倒的な存在となり、通天教主の意思を砕いた。この子は生かされている・・・そう思う事しか出来なかった。

 王奕でない、まだ無である魂魄の中を、画像が通り過ぎた。それはあまりにも鮮明に、痛いほどの美しさで。王奕の見た、自分と同じ不幸な運命を辿るであろう青い髪の妖怪の子供が、もう一つの魂魄の中で画像となった。楊戩という単語と共に、未来の遠い記憶が甦った。青い、天のような髪と、青年の微笑みとなって。その画像は感じられる事もなく、見られる事もなく、ただ既想感として魂魄に刻まれ、そして再び闇の中に消え散らばっていった。

 玉鼎真人の元で育てられる間、楊戩は一度たりとも妲己に取り返されかける事はなかった。楊戩の代わりに王奕がいたからとも、必要でなくなったからとも、玉鼎には思う事が可能であったのだが、そう思う事はなかった。一度もそう考えることなく、あまりにも当たり前のように楊戩を育てていた玉鼎は、ふとそのおかしさに気付いた。どうしてこの子は安全でいられるのか?と。いつ何時殺されてもおかしくない、むしろこうして平穏に育っている事は何か不自然でさえあるような―――そのような思いが頭の端を掠めた瞬間、玉鼎は何か絶対的な力を感じた。この子を生かしている何かが居ると。何処かに、しかしこの子の側に、いつも。しかしそれに嫌悪感を抱く事はなかった。むしろ何か安心した。大丈夫なのだと、この子は生きていてよいのだと。不思議な感覚であった。
「どうかされたのですか、師匠。」
突然顔をしかめた師に、不思議そうな顔をしてまだ幼さを残す青髪の少年が尋ねた。完璧な人間の姿をして。
「いや、なんでもない。ただ・・・」
「ただ?」
「いや、本当に何でもないんだ、楊戩。」
玉鼎はそう言って少し笑った。

 それから二百余年の時が過ぎようとしていた。玉鼎は、あの大きな存在をもう感じる事はなかった。そのかわり、楊戩の中に大きな存在がある事に気付いた。玉鼎には、それはあの時感じた存在と何か似ているような気がしていた。今、楊戩の中心に居るあの人は、そんな頃には存在しなかったはずなのだが、何故かそう思えたのだった。この安心感も、あの時と同じであった。だから、楊戩を守って自分が死んでも良いと思ったのかもしれなかった。あの人に楊戩を託しさえすれば、それでよいのだと。 

「太公望、楊戩を、頼む・・・」

おわり