楊戩の腕の中で、さんざん暴れまわっていた太公望であったが、最後の長い口付けで、とうとう静かに手を下ろした。それでも、寝巻きをすっと下げようとした楊戩の手を、太公望は目を伏せたまま止めようとした。しかしそれも、微笑みと優しい口付けで阻止されてしまった。それでもなお、自分のほうへ布を引き寄せようとした太公望の顔をそっと手で包み、楊戩は瞳を見つめてそっと笑った。しかしすぐに真顔になった楊戩は、小さい声で太公望にささやいた。
・・・・きれいですよ。裸になっても・・・・」
一気に顔を火照らせた太公望は、何か口の中で小さく呟いた。
「何ですか?」
楊戩がそう聞いても、太公望は口を開こうとはしなかった。太公望の小さな手に唇を触れさせ、楊戩は一方の手を太公望の腰にまわした。そしてそっと太公望の首もとに口付けた。
「!・・・・やっ・・・やめんかっ・・・」

やっと口を開いて出てきた言葉はそれであったが、太公望の手は、楊戩の髪と肩にかかっていた。その小さな身体に優しく触れる唇に、太公望は少し身をこわばらせた。
「師叔・・・・」
突然楊戩が顔を上げ、太公望を呼んだ。
「・・・・・・想いは・・・通じますか?」
「・・・・たわけっ・・・。こんな事をしておいて今さらどう答えろと言うのだ?」
真剣な目に見つめられ、太公望は目をそらせずにいた。まっすぐ見下ろしてくるその視線が、あまりにも悲しそうで、あまりにも辛そうで、太公望は胸が痛かった。
「・・・僕を・・・愛してください・・・。僕はあなたに恋しています。」
その言葉は余計に太公望の胸を締め付けた。
「わしは・・・・・」
さっきよりは大きな声で、太公望がささやいた。
「わしは・・・、怖かったのだ・・・。認めるのが怖かったのだ。これは、わしの気持ちではない・・・と。」
「師叔・・・・・・・」
もう一度その身体を包むように抱き締めた楊戩の瞳からは、一筋の涙が流れ落ちた。
「・・・師叔・・・あなたがいてくれてよかった・・・・。」 

「・・・・この・・・・ダアホ・・・・めっ・・・」
辛そうにそう言った太公望は瞳を閉じ、今やもう全てを楊戩に任せていた身を引こうとしたが無理であった。
「・・・もう・・・・・・・よせっ・・・・・・。わしはっ・・・・」
首を少し傾け、目を閉じたままの太公望は、苦しそうに小さなうめき声を上げた。
「・・・っく・・・・よ・・・ぜん・・・・」
楊戩はその甘い吐息を唇に受け止め、太公望の瞳からうっすら涙が溢れるのを見ても、応えてくれる身体を離そうとはしなかった。この人を今離してしまったら、一緒に自分も消えてしまいそうだった。自分を生かしてくれている理由が、この人にある・・・・と。

「師叔、大丈夫ですか・・・?」
まだ腕の中でぐったりしている太公望に、楊戩は少し笑いかけながら問いかけた。顔を伏せたままの太公望は何も答えず、ただむこうを向いただけだった。
「師叔!!」
しょうがないなとでも言うように、楊戩はぐいっと太公望の身体を引き寄せた。
「こらっ。もう朝であろうに!」
やっと口を開いてくれたのを確認すると、楊戩はもう一度太公望に微笑みかけた。
「おっしゃるとおり、もう朝です・・・。僕はもう二度と朝日を見れなくてもいいと思っていたのですが・・・。」
「何をアホな事を・・・」
やっといつもの口調に戻った太公望は、まだ少し顔を赤らめてそう言い、バッと起きた。
「さあ、もう行かなくては。おぬしも自分の部屋に戻るがよいぞ。誰ぞきて、おぬしがおらんと驚くであろう?」
「そうですね。」
やけにあっさりそう言った楊戩の言葉に、太公望は振り返ってその姿をつい探してしまった。くすっと笑った楊戩に、太公望は不満げに横を向いた。
「ふんっ、とっとと出て行け!」
そう言われても楊戩はまだ微笑みを隠せないでいた。
「はい、でも酷いですね、師叔、昨晩はあんなに素直だったのに・・・」
「えええい、うるさい、わしは着替える!早く出て行け!!」
ふいっと楊戩に背中を向け、と太公望はそう言ったが、何の反応もなかった。言い過ぎたか・・・?と、太公望が思った瞬間、楊戩が太公望を抱き締め、深く口付けした。
「んぅ・・・!」
始めはまだ少し笑っているようであったが、楊戩は突然、真剣な顔になった。
「師叔、僕はまだ、あなたの側にいてもいいですか・・・?」
「ばかものっ・・・。ここにいなくてどうするのだ。おぬしには、まだまだやってもらう事が、山のようにあるのだからな。」
そう言ってやっと微笑んだ太公望を、楊戩はもう一度抱き締めた。 

 空には朝日が昇り始め、新しい一日が今、始まろうとしていた・・・。

おわり