仙界大戦 エピローグ

 

 四不象もその場を去り、太公望は独り、その場にたたずんでいた。流した涙はもう乾いていた。すばらしい青空の、よい日であった。そこへ、近づく者がいる。
「誰だ!!」
ばっとその方向に顔を向けた太公望の目に移ったものは、優しく微笑む楊戩であった・・。
「・・・楊・・戩・・・・・・・」
楊戩に駆け寄った太公望は、その腕の中に顔を沈めた。そんな太公望を、楊戩は悲しい瞳で見つめ、その小さな震える肩をしっかりと包んだ。太公望のようやく乾いた瞳から、再び涙があふれた。
「・・・・師叔・・・・・・」
小さくそう言った楊戩に、太公望はささやいた。
「楊戩・・・楊戩・・・。今だけ、ほんの一時でいい・・・・、ここで、泣かせてくれ・・・・」
楊戩は何も言わず、そのまま太公望を抱きしめる手に力を入れた。
 

 太公望が涙をぬぐい、目を上げると、そこには優しく微笑む楊戩の瞳があった。それに誘われるように、太公望もかすかに笑顔を浮かべた。
「楊戩・・・わしは、この戦いで、何をしてきたのであろう。なんいうたくさんの犠牲を払い、何というたくさんの大切なものを失ってきたのであろう。そうまでしてわしの作ろうとしてきたものは、一体何なのだろう。」
「何をおっしゃるのですか、師叔。あなたはこれからの未来の道を拓いたのです。これからその道は、残されたもので作ってゆくのです。」
その事は、もう十分考えた事だった。痛いほど、分かっている事だった。しかし、太公望は、楊戩を前に、ついこう言ってしまう他、自分の気持ちをもって行くところがなかった。
「しかし・・・・な。わしに何が残っていると言うのだ・・・・。大切な者達が、わしを残してくれた。自分の命をなげうってな・・・・。しかしわしは、そやつらの事を、利用してきたかもしれんのだ。そんなわしに、それだけの価値があるのか・・・・・・」
それを聞いた瞬間、楊戩の目には、怒りとも悲しみともつかぬ表情が浮かび上がった。そしてぐっと太公望の肩をつかみ、まっすぐにその瞳を見つめて言った。
「師叔!!そんな悲しい事を言わないで下さい!!!あなたのその命は、もうあなただけのものではないんですよ!あなたがそういうのならば、逝った者達はどうなるのです。少なくとも僕には、あなたがここにいる、それだけで十分なんです。その者達だってきっとそうでしょう?・・・師叔・・・・」
最後の言葉は、のどにつかえ、かすれていた。それを見た太公望は、なんともいえぬ表情で少し笑った。
「・・・・・・わし一人の命ではない・・・か。」
そこまで聞いた楊戩ははっとした。太公望は、この戦いで、自分自身以上に大切な者達をなくしてきた。しかもそれは、はじめての事ではない。二度目の事なのだ。戦って、戦い続けて求めるものは、失ったもの以上に大切であるはずなのだ。いや、そうでなければならない。楊戩には、やっと太公望の言うところのものが分かった気がした。それに太公望一人で向かって行くのはなんと辛かった事だろう。しかしもう独りではない。もう、どんな時も、楊戩がそこにいる。楊戩は、自分が四百年間探し続けた物も、そこにある気がした・・・。そして、深く温かい瞳を、もう一度太公望に投げ掛けた。
「・・・師叔・・・太公望師叔・・・・。ずっと言えなかった。今まで答が分からなかったから。いえ、今でもはっきりしたわけじゃないんです・・・。でも・・・・・・・あなたを愛しています・・・・永遠に・・・・」
「分かっておるよ・・・・楊戩・・・・」
そこには、穏やかな笑顔と静寂と、透きとおった青い空だけが残っていた。

   こうして仙界大戦は終結した。

   それぞれの胸に、深い爪跡を残して・・・・・・

おわり