第五部 [挿入話]

 

  望ちゃん・・・・何かを成すには誰かの犠牲がつきものなんだよ。それが大きな事であればあるほど犠牲の数も比例する。でも僕らは決して自分を棄てているわけじゃない。自分で決めたことだから、同情も憐れみもいらない。ただ悲しんでくれればいい・・・
普賢・・・・おぬしはいつもそうだ。率先して自分を犠牲にする。
―――望ちゃんだってそうじゃない―――
違う!!!わしは常に生き残るためを考えて戦っておる!!
そう・・・・・みんなが生きて残れるようにと・・・・・・
果たして今のわしはそうなのだろうか・・・? 

「いけない!!太公望師叔!普賢師弟の爆発の規模が巨大すぎます!!!」
楊戩が太公望にばっと近づき、四不象も声を掛けた。
「御主人、逃げるっスよ!!御主人・・・・・御主人・・・?」
しかし太公望は黙ったままであった。伏せたその瞳に映るものは何もなかった。
―――わしは一体何をやっておるのだろう。60年前と、何が変わったというのか・・・・・・?わしは・・・・楊戩、わしは・・・・―――

しかし、太公望はまだ涙を流さなかった・・・・・・。 

 瓦礫の中から出た楊戩は周りを見渡し、あまりにも無残な様子に顔をそらした。そしてその先にいる太公望と四不象を見つけて走り寄った。楊戩はしばらくの間、太公望に声が掛けられなかった。先に口を開いたのは太公望のほうであった。
「楊戩・・・わしは・・・・・・こうなるであろう事がわかっておった・・・・・・」
太公望は、何もない前方をただ見ていた。しかしその表情は堅く、考えの底が見えなかった。そしてそのまま太公望は続けた。
「普賢の性格や十二仙の立場から考えれば自明であろう。あやつらが玉砕覚悟で聞仲と戦う事が・・・。わしはそんな人の心につけこんだのだ。」
太公望はぐっと手を握った。表情は何も変わらない。眉一つさえ動かさなかった。まるで、自分を自分で裁いているかのようにも見えた。
「ふ・・・なんと最悪な策であろう。」
自分自身を笑うのにも、身動き一つしなかった。こんな時、まだ冷静でいられる自分が怖かった。いっそ壊れてしまえたらいいのに・・・。
「でも、死なすつもりはなかったのでしょう。失策ではなく、敵の強さが想像以上だったというだけです。十二仙を使わなければ聞仲は倒せなかったでしょうし。」
何かに押しつぶせれそうになっている太公望を何とか救おうと、楊戩はそう言ったが、太公望の口から出たのは驚くべき言葉であった。
「聞仲は死んではおらぬよ。だからこそ、あやつらがうかばれぬのだ。」
「まさか・・・!そんなことはありえません!!黒麒麟に乗っていない状態であの爆発の直撃を受けたのですから!!」
しかし太公望は今最も見たくない方をすっと指差した。そして最も口に出すのがつらい言葉を言った。
「普賢の自爆の余韻を見よ。」
そこにはうっすらとではあるが、聞仲の影が映り、そして消えていった。
「そっ・・・そんなバカな・・・・・。そんなバカなっ!!!」
信じられない事だが、それが事実であった。
「――?聞仲のヤロー消えたぜ太公望!?」
訳が分からないようにそう聞く四不象に、太公望は静かに答えた。
「おそらくは崑崙山へと向かったのであろう。あやつからはわしらが見えておらぬだろうからの。位置の明白な元始天尊さまをまず倒しに言ったのだ。わしらも行こう、スープー。」
「・・・・・・」
楊戩は一瞬黙ってしまった。ここまでして太公望を残してくれたのに、また死地へ赴かせるようなことをしてよいのか・・・。太公望には、一瞬の、涙を流す時も与えられてはいないのか・・・・・・。自分には、泣ける時間も、思いを整理する時間もあった。しかし・・・太公望にはこれから更に何が待っているのだろうか・・・?もうやめてほしかった。もうやめてくれと、楊戩は叫びたかった。どうして・・・どうしていつも師叔ばかりがこんな目に・・・・・。
「こんなことは言いたくありませんが、太公望師叔・・・言ってもムダ死にするだけです。」
「わかっておる。勝算はゼロだ。だが、もはや引き返せぬのだよ。」 

 太公望は四不象を島の見回りに行かせた。近くに生存者がいないかどうか。
「師叔・・・・」
二人になり、楊戩は太公望に駆け寄った。
「楊戩。」
しかし太公望はそう名を呼ぶだけで、何の反応も示さなかった。
「師叔!師叔!!あなたはっ・・・あなたには悲しむ時間もないのですか?!どうしてあなたがこんなに苦しまなければならないのです・・・。」
楊戩はそう言い終わると、太公望をぐっと抱き締めた。無言の時がすぎる。そのままの表情であった太公望の頬に、上から一滴の涙が落ちた。楊戩が、泣いていた。
「どうしておぬしが泣くのだ・・・?」
「だって師叔・・・・!僕はっ・・・あなたのために何ができました?あなたを守ることしか考えていなかった。あなたの心を守りたかったのに・・・、普賢真人さまがっ・・・・。もう二度と、あなたにこんな思いはさせたくなかった。あなたがこんなに苦しんでいるのに、僕には泣くことくらいしかできないっ・・・」
太公望の瞳に、ほんの少しだけ、光が還ってきた。
「・・・・ありがとう、楊戩。だがわしは、まだ泣けぬよ。どうあっても。」
そして太公望は力を抜いて、顔を楊戩の胸にうずめた。しかし太公望は少しも動かず、楊戩はただ、強く抱き締めることしかできなかった。だが、これだけの事が、太公望の心をどれだけ癒しているかを、楊戩は知らなかった・・・・。 

 四不象が戻ってきた。どうやら武吉は生きており、生存者を探しているようであった。太公望はそんな武吉を信頼し、その場を全て武吉に任せることにし、崑崙へ向かった。すると、急に太公望の手に力が戻った。四不象が、王天君のダニを取ったのだ。
「・・・・・・かたじけない、スープー・・・」
そこでようやく、太公望は微笑みを口の端に見せた。四不象に、お前も行くのかと問われた楊戩は、何かを覚悟した、晴れた顔をしていた。
「・・・・・ここまできたら、最後まで付き合いたいんだ。」
「・・・・・・」
そんな楊戩を太公望は黙って見つめた。
―――そうだ、こやつがここに、手を伸ばせばすぐの、ここにおるからわしは大丈夫なのかもしれん。最後まで共に行けば、何か見つかるかもしれん。わしの求めるものが―――
太公望は、今までの自分らしくないと思いつつも、楊戩に細い希望の光を見たような気がした。
 

 その頃、元始天尊と聞仲の間に何が語られたのか、太公望には知る由もなかった。

続く。