このサイトはサナダテが大前提ですが、これは佐助と幸村のお話です。基本はサナダテの蒼紅一騎討ちからのお話「現世」の前座(酷;)ですが、あまりに真田太平記の若い幸村と左平次の遣り取りに燃え滾ったため、それをバサラの幸村と佐助に置き換えたらどうなるかと妄想しただけのお話です。幸村がやや幼少期で、佐助から幸村に対しての矢印が比較的濃く出ております。そんなお話で宜しければ、どうぞお進み下さい。

 

宵物語 3

 

臥所で横になると、急激に佐助を眠気が襲った。横になって眠るなど一体どれくらいぶりのことだろう。このまま眠れるのなら、もう何も要らない。そう佐助が思うほどその空間は心地よかった。それなのに、その眠気を遮る声が聞こえた。
「・・・佐助、佐助。」
「あ・・・えっと、はい。」
任務も何もかも忘れて、今まで触れた事のない安堵に抱かれて眠ろうとしていた佐助は、はっと気がついて目を開けた。すると、思いのほかすぐ側に、幼い幸村の顔が見えた。
「眠いのか?」
事もあろうに佐助の着物をくいくいと引っ張り、幸村は上目遣いで佐助の目を覗き込んできた。
「はあ・・・」
もう佐助には色々と何物にも抗う気持ちがなくなっていた。ただここにあるのは戸惑いという感情だけであった。
「無理もない、馬も駆らずにおれについてきたのだからな。」
労わりの言葉、それは忍が望んではならぬもののうちの一つだったのではないだろうか。そんなものを、この幸村は惜しげもなく佐助に差し出してくる。
「いえ、忍ですからね。それくらいは。で、あのー、何か承ることが?」
こういう時、どんな表情をして良いのか分からない佐助は少しだけ苦笑いをしてそう聞いた。
「大したことではないぞ。」
「いいですよ、お申し付け下さい。」
「いや、用事ではないんだが・・・」
もうこうなったら何でも言う事をきいてやろうじゃないか、そう思って少しだけ意気込んだ佐助に、幸村はちょっと恥ずかしそうに間を空けて言葉を続けた。
「戦の話を聞かせてくれ。」

 

 幸村がせがんだのは、戦場の話であった。初陣もまだのこの子供は、戦の何たるかをまだ知らない。生死の概念すらもまだ曖昧なのだろう。それでも武家の血が騒ぐのか、大人に取りすがっては聞こうとしたが、軽くあしらわれるか五月蝿がられるだけだと幸村は寂しそうに言った。戦の生死感は佐助の身の深い場所に染み込んでいるが、きっとこの子供が求めているのはそう言うものではない。さらに、こんな話では寝かしつける役目は果たせそうにない。それならばと開ききって、佐助は今までに唯一戦場そのものに出て、敵の旗さしものを奪ってくる任務について語った。それは忍の任務としては下の下だが、それでも誰かがやらねばならぬ事で、若い佐助に託された任務の一つであった。しかし幸村はそんな忍の事情など知らない。また佐助も殊更それがどうこうとは言わない。ただ、目撃した有様について思い出しながらしゃべっていった。それを幸村はどこか静かに燃える火を含むような瞳を輝かせながら「ふむ、ふむ。」とか、「うむ、うむ。」とか、まるで大人のように頷き、しきりに興味と感嘆の声をあげていた。そんな熱の篭った自分の声が更に興奮を誘うらしく
「それから、それからどうしたのだ。」
と、やはり想像通りに眠るどころか身をもたげて佐助の顔を覗き込んだり腕を掴んだりしてきた。いつもは冷静に任務を遂行していただけのはずの佐助も、実は戦場で昂っていたのだと思い起こさせられ、思わず話に熱が入って夢中になって話し続けた。

 

二刻も話していただろうか、ついには佐助も声が枯れてきた。そう言えば、もらった枕からも頭を離し、腕を顎辺りに宛がって話しているので手も痺れてきていた。このように長時間しゃべり続けた事は、佐助の人生で初めての事だったのではないだろうか。自分がこんなにも人と触れ合える事を苦としない性格だったのだかと、佐助は不思議に思った。だが、それはこの幸村が相手だからなのだと、すぐに佐助は悟った。少し掠れた声が出てしまって咳払いをすると、幸村はぱっと上半身を起こして枕元の水差しを取り、
「すまぬ、咽喉も渇くであろうに。」
と、佐助に水を飲ませてくれた。真田の忍に対する待遇が他に比べて格段に良いとは言え、このような扱いを受けたのは、佐助は生まれて初めてであった。それだけでも、佐助は幸村という存在に感動を覚えざるを得なかった。

 

 幸村から手渡された水で咽喉を潤し、佐助が小さくふうと息を吐くと、じっとこちらを見つめる幸村がいた。今までの未知の話を聞いて興奮していた幼い顔ではない。どこか世の果てを見つめる賢者の趣すらも窺わせる静かな瞳であった。その表情で、幸村が口を開いた。
「佐助。」
「何? 真田の旦那。」
この頃には、随分口調も自然に砕けてきたようだった。何気なくそう言った佐助に、幸村は言葉を渡した。
「佐助ほどの忍なれば、父上やお館様にも御奉公が出来よう。佐助はそれを望むか?」
思わず、ドキっとした。それは以前、否もしかしたら今までもずっと佐助の奥底に潜む欲であったからだ。もしこのような話を今宵よりも前に出されていたら、佐助は瞬時に「はい」と答えていただろう。しかし、今の佐助にはそれは愚問であるように思えてきてならなかった。
「いえ、望みませんよ。」
「だが、おれではなくて、父上やお館様に仕える事ができたら、佐助も嬉しいのではないのか?」
「そんなことはありませんよ。この佐助は、旦那の忍ですからね。」
「ふうむ・・・」
そう呟いたかと思うと、幸村はしばらく黙り込んでしまった。どうしたんだろうか、何かいけない事を言ってしまったんだろうか、どう答えてほしかったんだろうか。佐助の頭には、そんな事ばかりがぐるぐると回っていた。以前の佐助ならば、この沈黙を、もしかして幸村が昌幸や信玄に佐助を取り立てるように既に言ったのではないかと思うのだろうが、今の佐助が思う事は、ただ只管に幸村にどう思われるか、その一点であった。しばらくの後、幸村は輝く笑顔で佐助を真正面から見つめた。
「うむ、となれば一心同体だ。」
最初、幸村が何を言っているのか佐助には良く分からなかった。ほけっとした顔をしていると、幸村が言葉を続けた。
「佐助はどこまでも、おれと共にいてくれるのか?」
「はい。」
反射的に、佐助はそう答えていた。
「どこまでもお供しますよ。旦那が望むところへね。」
口が、勝手にそう動いていた。まるでそれが佐助を待ち受けている運命かのように、すらすらと言葉が口をついて出てきた。佐助自身が驚いて目を見開いているのに、幸村はその答えをずっと知っていたかのようなまろやかな笑顔で佐助を包んだ。
「よし。」
そう言って再び寝転がると、幸村は目を閉じて呟いた。
「疲れたであろう、今宵はもう眠れ。これからいくらでもゆっくりと佐助の話を聞けるのだからな。急がせてすまなかった。」
ねむり燈台の微かな灯影に、幸村の横顔が浮かんでいる。それは幼子のそれではなく、華開いた大人の焔を思わせる笑みを含んでいた。
「眠れ、佐助。」
幸村が目を閉じたまま静かに言った。

 

佐助の困惑はどんどん深まるばかりであった。子供の我儘に付き合って話してやっていたはずが、自分があやされているような気がしていた。まだ幼い幸村が急に大人びて感じられた。まだ少年と呼ぶにも幼い頃である事を、佐助はよくわきまえていた。実際に、そういった無邪気な幸村に接する事の方が多い。それなのに、この安堵は何だろう。それがどうしても佐助には分からなかった。受けた事のない情、抱いた事のない情、そんなものが佐助の胸に押し寄せて、何故か涙が出そうになった。それがこんな子供に与えられるなんて、どうしてだと思いながらも、抵抗し難い睡魔に魅入られ、佐助は深い眠りに落ちていった。

 

翌朝の幸村は快活そのものであった。そして初めて佐助に稽古をつけてくれと頼んだ。佐助はそれを喜んで受けた。佐助の得意な手裏剣と、幸村の好きな槍を得物にした稽古だった。その後、佐助は忍にはあるまじき事ではあるのだが、幸村の前にだけは姿を見せるようになった。屋敷の中でも、外でもだ。そして、馬上と木の上だったりするが、会話をし、笑い、共にこの地に育まれていった。こうしていつしか、佐助はこの幸村に命をかけようと思うに至ったのであった。そして幸村の望みを出来うる限り総て叶えようと心に誓ったのであった。それは、幸村の運命と言うべき独眼竜との出会いを果たしても尚、続いた。その頃にはもう既に、幸村の望みそのものが、佐助の望みになっていたからだ。佐助が幸村に命をかけるように、幸村はその命を蒼い竜に燃やした。そしてこの決断が、佐助の生涯を左右する事になるのだった。

 

おわり