このサイトはサナダテが大前提ですが、これは佐助と幸村のお話です。基本はサナダテの蒼紅一騎討ちからのお話「現世」の前座(酷;)ですが、あまりに真田太平記の若い幸村と左平次の遣り取りに燃え滾ったため、それをバサラの幸村と佐助に置き換えたらどうなるかと妄想しただけのお話です。幸村がやや幼少期で、佐助から幸村に対しての矢印が比較的濃く出ております。そんなお話で宜しければ、どうぞお進み下さい。
宵物語 3 臥所で横になると、急激に佐助を眠気が襲った。横になって眠るなど一体どれくらいぶりのことだろう。このまま眠れるのなら、もう何も要らない。そう佐助が思うほどその空間は心地よかった。それなのに、その眠気を遮る声が聞こえた。 幸村がせがんだのは、戦場の話であった。初陣もまだのこの子供は、戦の何たるかをまだ知らない。生死の概念すらもまだ曖昧なのだろう。それでも武家の血が騒ぐのか、大人に取りすがっては聞こうとしたが、軽くあしらわれるか五月蝿がられるだけだと幸村は寂しそうに言った。戦の生死感は佐助の身の深い場所に染み込んでいるが、きっとこの子供が求めているのはそう言うものではない。さらに、こんな話では寝かしつける役目は果たせそうにない。それならばと開ききって、佐助は今までに唯一戦場そのものに出て、敵の旗さしものを奪ってくる任務について語った。それは忍の任務としては下の下だが、それでも誰かがやらねばならぬ事で、若い佐助に託された任務の一つであった。しかし幸村はそんな忍の事情など知らない。また佐助も殊更それがどうこうとは言わない。ただ、目撃した有様について思い出しながらしゃべっていった。それを幸村はどこか静かに燃える火を含むような瞳を輝かせながら「ふむ、ふむ。」とか、「うむ、うむ。」とか、まるで大人のように頷き、しきりに興味と感嘆の声をあげていた。そんな熱の篭った自分の声が更に興奮を誘うらしく 二刻も話していただろうか、ついには佐助も声が枯れてきた。そう言えば、もらった枕からも頭を離し、腕を顎辺りに宛がって話しているので手も痺れてきていた。このように長時間しゃべり続けた事は、佐助の人生で初めての事だったのではないだろうか。自分がこんなにも人と触れ合える事を苦としない性格だったのだかと、佐助は不思議に思った。だが、それはこの幸村が相手だからなのだと、すぐに佐助は悟った。少し掠れた声が出てしまって咳払いをすると、幸村はぱっと上半身を起こして枕元の水差しを取り、 幸村から手渡された水で咽喉を潤し、佐助が小さくふうと息を吐くと、じっとこちらを見つめる幸村がいた。今までの未知の話を聞いて興奮していた幼い顔ではない。どこか世の果てを見つめる賢者の趣すらも窺わせる静かな瞳であった。その表情で、幸村が口を開いた。 佐助の困惑はどんどん深まるばかりであった。子供の我儘に付き合って話してやっていたはずが、自分があやされているような気がしていた。まだ幼い幸村が急に大人びて感じられた。まだ少年と呼ぶにも幼い頃である事を、佐助はよくわきまえていた。実際に、そういった無邪気な幸村に接する事の方が多い。それなのに、この安堵は何だろう。それがどうしても佐助には分からなかった。受けた事のない情、抱いた事のない情、そんなものが佐助の胸に押し寄せて、何故か涙が出そうになった。それがこんな子供に与えられるなんて、どうしてだと思いながらも、抵抗し難い睡魔に魅入られ、佐助は深い眠りに落ちていった。 翌朝の幸村は快活そのものであった。そして初めて佐助に稽古をつけてくれと頼んだ。佐助はそれを喜んで受けた。佐助の得意な手裏剣と、幸村の好きな槍を得物にした稽古だった。その後、佐助は忍にはあるまじき事ではあるのだが、幸村の前にだけは姿を見せるようになった。屋敷の中でも、外でもだ。そして、馬上と木の上だったりするが、会話をし、笑い、共にこの地に育まれていった。こうしていつしか、佐助はこの幸村に命をかけようと思うに至ったのであった。そして幸村の望みを出来うる限り総て叶えようと心に誓ったのであった。それは、幸村の運命と言うべき独眼竜との出会いを果たしても尚、続いた。その頃にはもう既に、幸村の望みそのものが、佐助の望みになっていたからだ。佐助が幸村に命をかけるように、幸村はその命を蒼い竜に燃やした。そしてこの決断が、佐助の生涯を左右する事になるのだった。 おわり |