このサイトはサナダテが大前提ですが、これは佐助と幸村のお話です。基本はサナダテの蒼紅一騎討ちからのお話「現世」の前座(酷;)ですが、あまりに真田太平記の若い幸村と左平次の遣り取りに燃え滾ったため、それをバサラの幸村と佐助に置き換えたらどうなるかと妄想しただけのお話です。幸村がやや幼少期で、佐助から幸村に対しての矢印が比較的濃く出ております。そんなお話で宜しければ、どうぞお進み下さい。
宵物語 2
昼間は真夏の太陽のように燃え滾って遊んでいる幸村だが、さすがに陽が沈めば掻い巻きに押し込められ、寝かしつけられていた。しかし、まだ遊び足りないと大抵は不満顔をしており、今日もまたどこか不平そうな表情で天井をじっと見ていた。佐助は幸村付きになってからずっとの定位置である天井裏に居り、その様子を静かに見守っていた。大体幸村はしばらくむすっとしているが、そのうち瞼が下りてきてすやすやと眠るので、今日もいつもと変わらない宵だろうと佐助は思っていた。しかし今宵は、そこへ思いがけない出来事が佐助に降りかかってきたのだった。
「・・・すけ、佐助。」
小さな小さな声で幸村が自分を呼ぶ声が聞こえた。幸村は幼いながらも、自分が武家の男子であり、寝所や屋敷の周りには佐助のようにずっとではないにしろ、数人が見回っている事を知っていた。まるでこの呼び声は、それら家の者に聞こえさすまいとしているかのような囁き声だった。
「・・・・・・」
佐助を呼びはするが、幸村は起き上がろうともしない。ただ佐助を呼ぶだけであり、佐助はどうしたら良いのか分からなくなった。仕方なく、小さな声で返事をしてみた。
「何です?」
それを聞いた瞬間、幸村の表情がぱあっと明るくなった。まるで山の尾根から昇る陽の光のようだった。それを眩しく思いながら、佐助は幸村の答えを待った。
「佐助、こよいはおれといっしょに眠れ。」
「は・・・?」
思いもかけぬ幸村からの初めてかもしれない命に、佐助は思わず素に近い間の抜けた声を出してしまった。しかしはっと気がついて呆けた顔を数瞬で引き締め、佐助は幸村につられたひそひそ声で、自分と幸村とは身分が違いすぎるから一緒には眠れないと告げた。
「かまわぬ、ここへまいれ。」
相変わらず寝転がったままそう言った幸村の態度は横柄とも言うべきなのかもしれないが、その声は少しだけ震えていて、何やら表情が泣きそうになっていた。上を向いていなければきっと零れてしまうであろう涙を湛えた大きな瞳に思わずぎょっとなった佐助は、
「わ・・・分かりましたよ、真田の若様。」
そう言って久方ぶり――昌幸に幸村と引き合わされた最初の時以来になるか――に幸村の前に姿を現した。
佐助が天井裏から音もなく幸村の側に降り立つと、幸村は涙を払うように数度瞬きをし、そしてにっこり笑って起き上がった。その手には、どこから持ってきたのか、枕が一つ。それを少し離れた所にいる佐助に両腕で差し出し、
「おれは佐助がいっしょに寝てくれるまでこよいは眠らぬぞ!」
と宣言した。内心、
『まさか一緒の掻い巻きに入れって事じゃないよな・・・ありえねー。』
と思った佐助だったが、幸村がそれ以上動いてくれなかった上に、その枕以外に寝具と呼べるものは幸村の敷き布団と掻い巻きの一式しかなかった。どうしたってこれは主従としてありえない事だが、幸村の年齢を考えたら可愛い我儘なのかもしれないと思い直した佐助は枕を受け取り、これも子供に付けられてしまった定めかと思って諦めの溜息をついた。
「ええっと、お邪魔しますよ、真田の若様。」
仕方がないので枕を並べて寝転んだ佐助に、今度は幸村が溜息をついて佐助の横に小さな身体を寝転がらせ、天井を睨みつけた。
「おれのことは真田の若と呼ぶな、佐助。」
『まだ何か注文をつけるのか、この我儘坊ちゃんが!』
と佐助は瞬時に思ってまた少し鬱々としそうになったが、次の幸村の言葉で少し考えを改める事にした。
「それは真田をつぐ兄上が呼ばれるべき呼び名だ。」
ぽつりと幸村がそう呟いたのだった。幸村は、自分の立場をよく分かった子供であった。何を置いても嫡子が優先されるこの戦国の世に、いくら昌幸に可愛がられているとは言え、次男である自分が真田を継ぐ事はない。戦いでは真っ先に戦場に先陣として出され、有事の際には人質としての役割を負い、血縁と言えど臣下の礼を取り、かつ嫡子が死んだ場合にはその後を担う素養もつけておかなければならない。複雑な武家社会をこの幼い心に刻み付けられているのに、どこ一つとひねくれたところのない幸村に、佐助は少し心のどこかを許したくなった。
「じゃあ、旦那にしますよ。」
「だんな・・・?」
「この佐助の主って事ですよ。」
そう佐助が言うと幸村は、今まで睨んでいた天井から視線を外し、ころんと佐助の方に向き直って瞳をきらきらとさせて佐助の着物を掴んだ。
「そうか! それがいい!」
活発で気持ちの良い言動、実直な性格、素直な心根。そのどれもが佐助には持ち得なかった物だった。その気持ちが嫉みになる訳でもなく、無性にこのすぐ側に居る子供を守らねばという気持ちになると同時に、ストンと何かが佐助の心に降りてきた。ああ、ここが自分の居場所だったんだとそう悟り、今までに感じた事もないような、途方もない安堵が佐助の胸に押し寄せてきた。
続く |