このサイトはサナダテが大前提ですが、これは佐助と幸村のお話です。基本はサナダテの蒼紅一騎討ちからのお話「現世」の前座(酷;)ですが、あまりに真田太平記の若い幸村と左平次の遣り取りに燃え滾ったため、それをバサラの幸村と佐助に置き換えたらどうなるかと妄想しただけのお話です。幸村がやや幼少期で、佐助から幸村に対しての矢印が比較的濃く出ております。そんなお話で宜しければ、どうぞお進み下さい。

 

宵物語 1

 

 これは、幸村と政宗が出会うずっと前のお話。まだ佐助が幸村付きになって間もない頃のお話である。

 

その頃の佐助にとって、戦忍の仕事は日常の些末になりつつあった。武将の子や足軽百姓の子であれば想像も出来ない程の、血を吐き肉を裂くような訓練を身体に叩き込まれ、ようやく自分が生き延び、且つ主の筋である武田家に役立つ者になった。しかし佐助は純粋な武田忍ではなかった。主家は真田家。凡そこの日の本で一番忍の重要性を理解し、使い、他国に比べれば忍という者に対して破格に待遇の厚い、だが甲斐の下に身を寄せる小勢力であった。それでも佐助は自分の仕事に誇りを持ち、そして自分の能力を正当に評価してくれるこの場所をそれなりに気に入っていた。佐助はこのまま、表舞台には出ないものの、戦場では相当の働きの出来る忍になれるものだと思っていた。佐助は自分の力を過小評価も過大評価もしない。自分を冷静に外側から見つめるような目を持った、若くして冷酷で優秀な忍だった。

 

そんな折、佐助が真田家の幼い次男、真田源二郎幸村の忍としての側近として付けられる事が決まった。佐助はそれが最初は不満で仕方がなかった。今はまだ、城の見取り図を拝借してくるとか、忍び込んで噂を流すとか、情報収集をするといった類の仕事しか出来なかったが、近い将来には戦場の行方を左右するような、敵国武将の暗殺なども当然頼まれる腕だと自負していたからだ。そのためには、幸村の父昌幸や、そうでなければ真田家の次代を継ぐはずの兄信幸に付けられる、もしくは信玄直属の武田忍に抜擢されなければならない。後の幸村の下にいる佐助の働きを思えばそうならなかった事に感謝すべきなのだが、若い佐助にはそのような事が分かろうはずもない。幸村の教育と言うよりはお守りに近い待遇に、身体の危険は皆無だが褒賞や出世とはかけ離れた己の任務に、佐助は時折無性に鬱々としていた。

 

 今日も一日真田の次男坊は元気に遊んでいた。槍に見立てた竹棒を振り回してみたり、川に飛び込み魚を手づかみしてみたり、団子やらの甘味を食べてみたり、山に入り道なき道を進んでみたり、最近やっと乗れるようになった馬を物凄い勢いで乗り回してみたりしていた。大体は昌幸の小姓や、村の子供や、武田家家臣の子供らと一緒に遊んでいるのだが、あまりに高い幸村の身体能力に、同世代の子供は途中から付いていけなくなっていた。子供だけではない。真田家から付けられた守護の者達も、道のない丘を駆け上る幸村に付いて行けずに悲鳴に近い声を上げていた。
「幸村さまぁ! お待ち下されー!」
しかしいくら真田の者達が叫んでも、馬上の幸村はくるりと振り返り、まだ幼い日焼け顔にあどけない笑みを浮かべて、大人びた口調でこう叫び返すだけであった。
「佐助がついておるから心配はむようだ! そなたたちは帰るがよいぞ!」
「そ・・・そんなぁ・・・また我らが昌幸様にお叱りを受けまする・・・」
「しょうじんが足りんのだ!」
苦笑に苦渋、色とりどりの困り顔に対して、幸村の笑顔はあまりに晴れ晴れと眩しかった。それ故佐助も真田の者達の苦労を思って微妙な表情になってしまった。佐助には忍の技と体力があるからギリギリ付いて行けるが、この幸村の潜在能力は半端なものではない。佐助は少しだけ、この子供が成長をした姿を想像して空恐ろしくなった。そしてきっと真田に、そして武田になくてはならない存在になるであろう事を確実に予感した。その事実は佐助に微かな将来の明るい展望を垣間見せ、佐助はほんの少しだけ気分が明るくなったような気がした。

「さて、行くぞ佐助!」

 

忍を配下に持つ武将たちに、普段忍は姿を見せなかった。姿どころか気配さえ主にすら悟られないようにするのが務めでもあった。本当に必要な時にのみ声だけででも報告なり何なりすれば良いのであり、自分の姿かたちなどは闇に紛れれば紛れるほど上質な忍とされた。それ故こういう時、つまり幸村に行くぞなどと声をかけられても、佐助は何も答えないのが常であった。そしてもちろん幸村も返事がない事を知っていた。だが、確実に自分の後ろを守り、誰もが付いてこられなくなっても佐助だけは必ず自分に付いてくる。どうやらその安心感が幸村にはあるらしかった。それだからか、佐助が何も答えなくとも、何かあるとすぐに
「なあ佐助。」
「そうだろう佐助。」
と、まるでとても大きな独り言のように楽しそうに言葉を投げかけるのであった。いつの間に佐助の頷いた気配まで拾えるようになったのか、
「そうか、佐助もそう思うか。」
とか、
「うーむ、佐助はそうは思わぬか。」
とか、会話のような言葉まで発していた。傍から見れば真に面妖な光景なのだが、幸村はそれに満足しているらしかった。当初、佐助の目には、幸村が恵まれた環境でのびのびと育ってはいるが、忍なんかに気軽に声をかける、どこか妙な武家の子供だとだけ映っていた。しかし、そんな幸村を毎日見ているうちに、いつしか佐助は自分で知らないうちに幸村に魅了されずにはおられなくなっていった。

 

続く