この話では、佐助が非常にかわいそうな事になっております。そして幸村の無知っぷりが容赦ないです。そんなどうしようもない猥談にお付き合い頂ける方のみ、お楽しみ下さいませ・・・

 

忍のお仕事ではありません 3

 

 なんかもう色んな事に対する情けなさで涙が零れそうになっている佐助の真正面で、幸村はまだ真剣な目で佐助を食い入るように見つめていた。
「何だ佐助! どういう事だ! 何をどうすれば良いのだ! どうすれば、政宗殿を煩わせる事なく、己の未熟さを鎮められると言うのか!」
あまりに幸村が必死に冷たい手のまま忍装束を握り締めて詰め寄ってくるので、佐助は普段ならば少しだけうろたえられる程の好意を持っているにも関わらず、淋しいも嬉しいも何もかも通り越した目で幸村を見て答えを与えた。
「そんなのねえ・・・旦那が自分の手で、独眼竜の旦那のを触った時みたいにすりゃいいじゃん。」
「なんと!」
言うまいと思っていたのに、当たり前のように珍しく幸村が猥談にもならぬ猥談をするので、ついうっかり仲間内にするような調子で本当の事までさらっと言ってしまった。言ってしまってから後悔したが、まあそこらで納得してくれるだろうと思った佐助はまだまだ甘かった。
「そ・・・そのような事・・・かかる折は政宗殿がお導き下さった故、成し遂げられた事・・・」
などと、幸村は赤面してぼそりと呟いた。
『つーか頬赤らめないでよ旦那! 頼むから! ねぇ!』
今度こそ、佐助は切実に泣きそうになった。なんでこんな話を聞かなきゃいけないのかとそう思いつつも、幸村を助けるような言葉を続けてしまうのは、長年務めてきた幸村の忍生活の要らぬ賜物なのかもしれなかった。
「思い出して、ね、旦那。独眼竜の旦那が、どこがよがってたか分かるでしょ?」
『って何言ってんの俺!』
言ってしまってから、重なるショックを受ける佐助であった。
「しかし・・・そもそも政宗殿が一番お悦び遊ばされたのは、某のものを受け入れて下さった時なのだぞ? そのような事、某自身では出来かねるではないか!」
『つーかそんな事聞いてねぇー!』
もう、泣きそうだった佐助の心境は怒りに変換されかけていた。
「いや、そんな事しなくていいから!」
思わず頭を抱えて仰け反ってしまった佐助は、天を仰いで叫んだ。何に対する怒りかも既に分からなくなりつつある叫び声も、内心では
『旦那の口からそんな話まで聞きたくないってば!』
と、確かに幸村を慕う気持ちで裏打ちされているのだった。

 

「ではどうしろと。」
もう心が疲れ果てて折れかけている佐助の言う事がまだ分からないのか、幸村は困ったように眉を寄せて、さらに追い討ちをかけた。佐助も必死なら、幸村も必死だった。せっかくこの状況を打開できる策を、自分の忍が持っているのだ。聞き出さない訳にはいかない。他の者には絶対に聞けないが、佐助にならばこんな事も聞ける。その気持ちを佐助に伝えられればもう少しは佐助の心の波も穏便に静まるのだろうが、幸村はそういった心の機微を言葉にする事はできないのだった。故に、そう佐助に問い質すしかできなかった。もうどうしようもないと悟った佐助は涙声になって掌で顔を覆い、逆の手を幸村の肩に置いて言葉を搾り出した。
「だからね、自分のものをね、手で擦ってあげればいいでしょ? 独眼竜の旦那にもしてあげたでしょ?」
「うむ、確かに。それならば自分で出来るぞ。ではそうすれば良いのだな。」
もう完全に涙目になっている佐助は、途端に弾んだ声になった幸村に気がつき、自分のしでかしてしまった事の重大さに気がついて地に膝をついてがっくりとうな垂れた。
「どうしたのだ佐助。しっかりせい。」
そんな佐助の肩をぽんぽんと叩きながら、幸村は明るく言った。
「俺はお主の助言、有難く頂戴するぞ!」
そして佐助を立ち上がらせたかと思うと、ぼそりと呟いた。
「そうか、あの時も自分でそのようにやれば政宗殿にご迷惑かけなかったのだな。」
「いやそれとこれとは話が別!」
せっかく受ける心理的な打撃はここまでと思えたのに、幸村の要らぬ一言でまた佐助は言いたくない事まで言ってしまった。
「独眼竜の旦那はそんな事望んじゃいないってば! あれはあれで良かったんだってば! 独眼竜の旦那だって、今もきっと旦那とこの前みたいにしたいって思ってるから! 絶対に!」
「そ・・・そうか。そうだな。ふむ。それでは政宗殿にお逢いしに参ろう!」
もう自棄気味になった佐助は、幸村がそんな事をしている所を見たくない、聞きたくないばかりに、全部政宗のせいにしてしまおうと思った。政宗が好敵手として死合うだけでなく、身体を繋げる事をも望んでいると分かりさえすれば、きっと幸村は今まで通りに、自分で慰めるなんて事もせずに過ごしていける。自分でしてしまうような主を見るよりは、例え相手が真田家の正室となる女などではなくて、奥州筆頭独眼竜伊達藤次郎政宗であろうとも、夜伽をしている方がまだマシだと佐助には思えたのだった。呆然となりつつそんな事をつらつらと佐助が考えているうちに、どうやら身体が鎮まったと思われる幸村は、腕を組んで何事かを呟きながら、これ以上水を被る事も有り余った力で庭石を壊す事も無く、自分の寝所へと戻っていった。

 

さて、佐助の仕事とも言えない仕事は済んだ。主の重い腰を上げさせるための後押しもバッチリ。これで恋とも言えないような直情的な感情と本能に苛まれていた幸村も、心置きなく政宗に逢いに行けるだろう。今は特に急を要する戦も、お館様からの命も、溜まっている政務もない。故に明日頃、佐助の主は天下一品の馬使いの荒さを駆使して奥州に駆けつける事間違いなしだ。
「さあ、世の中安泰安泰。武田も伊達も、平和ですよーっと。」
自棄になってそう小声で呟いた佐助がこれで今夜は何事もないだろうと安心したのも束の間、しばらく静かだった幸村の寝所から、くぐもった呻き声が聞こえてきた。
「うっ・・・はぁっ・・・ま・・・さむね・・・殿っ・・・!」
幸村の低い声が、只管に政宗を呼んでいたのは言うまでもない。
『ああぁあー! やっぱりやっちゃうのねー!』
自らが教えてしまった事とは言え、政宗と同衾している時よりも、さらに何だか耳を塞ぎたくなった、複雑な心境の佐助なのであった。

 

おわり

(次作「甘味と筆頭と右目の憂鬱」サナダテ三連作第二弾につづく)