忍のお仕事ではありません 2
視線を月から幸村に戻した佐助は、このまま何も問わずにいれば、何も話さないであろう幸村に敢えて問いかけて、とりあえずこの場を脱しようと試みた。それがとんでもない後悔を佐助自身に与えるとは予期もせず。否、想像したくなかっただけかもしれない。
「それで?」
溜息をつきながら、佐助は腰に手をあてて幸村を眺めた。
「そんなんなっちゃってる旦那は、どうしたいの?」
「どうもこうも、どうしようもないが故に、こうしておるのではないか!」
思わずと言った風に叫んだ幸村に、まるで子供が癇癪を起こしたような目で見られ、佐助は脱力してしまった。
「はあ・・・そんなのねぇ、独眼竜の旦那に会いに行けばいいじゃないの。」
「そ、そそ・・・そのような事情で政宗殿を煩わせるなど・・・!」
珍しく言葉をどもらせながら視線を彷徨わせる幸村と、庭と部屋を仕切る障子の隙間から見える幸村の私室を見比べた佐助は、今度は心の中で溜息をついた。
『煩わせて欲しいと思ってるんじゃないのかねぇ。この書簡の山は。』
幸村の私室には、山と詰まれた奥州からの書簡と、季節ごとの押し花やら圧し葉やら贈物やらで溢れかえっている。政宗の筆まめは他国にも聞こえたものではあるが、まめでは片付けられないこの物量は明らかに常軌を逸していると言っても差し支えないだろうと佐助は思った。一国の主、しかも奥州の覇者ともあろう者が一介の武将に対してこんな状態なのだから、佐助としては色々疑いたくなる前に嫌になってしまう。そこで、幸村の反応を的確に予想はできたのだが、敢えて話題をずらしてみようとした。
「じゃあさ、花街にでも行ってみるとか? 俺様、可愛い子紹介しちゃうよ? あ、俺様の好みが嫌なら、前田の風来坊とかに聞けば、きっと詳しいよ?」
そしてそこではっと気がつき、我ながらどうしてこんな事で頭を回転させながら会話しなくてはならないのかと自分にツッコミを入れた佐助であった。と、そんな佐助の心中を察せられるはずもなく、幸村はかあっと頬に血を上らせて口を開いた。
「そそそそのようなハレンチな事が出来るかぁ!」
大声で叫んだ瞬間、脳天に血が上りすぎて眩暈がした幸村は、ふらりと傾いて井戸の囲いに手をついた。
「む・・・」
「ちょっ! 大丈夫なの、旦那!」
あまりに情けない事ではあるが、幸村は身体が高ぶりすぎて具合が悪くなりそうになっていた。元々血の気があまりすぎていて、戦にでも出なければ、もしくはお館様と殴り合って流血でもしなければ、血が濃すぎてしまうのだ。それが分かっているが故に、今度は単純にそんな幸村を一応気遣って佐助が言った。
「分かったよ、旦那。旦那がどうしてもそういう所に行きたくないし、奥州にも行けないし、自然にはどうにもならないなら、自分の手ででも、どうにかすればいいじゃない。」
それは佐助の精一杯の助言のつもりだった。これで大人しく、寝所に戻ってくれれば後は何をしようが知ったこっちゃ無い。いや、知りたくない。佐助は切実にそう思ったのだが、そんな佐助の願望に反して、ぽかんとした表情の幸村が目の前にいた。
「は? どういう事だ、佐助。」
「どういう事って、どういう事?」
幸村の言葉が理解できなかった佐助は思わず問い返していた。お互いに、こんなにお互いが分からない事はこの主従に関して滅多にない事であった。故に、佐助が幸村の心中を量りかねてうろたえていると、幸村が結構な勢いで佐助に詰め寄った。
「このようになった場合、身体が鎮まるのを待つか、想い合う相手と添わねばどうにもならぬではないか!」
「・・・!」
思わず佐助は言葉を失った。
『えっ? 嘘っ! 旦那ってば、自分で慰めることも知らなかったの?』
もうこれ以上の衝撃を受けるのは佐助の中の何かに宜しくない。佐助は空を見上げて思わず目を閉じた。
『こんな事、絶対に忍の仕事じゃないよ! もう勘弁してー!』
心の中で、そう大声で叫びながら。
つづく |