忍のお仕事ではありません 1 三月ほど前、周りが焦れる程の逢瀬の末に奥州筆頭に手を出した・・・と言うより半ば誘導されて閨を共にした幸村であったが、あれ以来現在まで奥州へ伺う事はなかった。 季節は真冬。常人ならば、奥州の早い雪に閉ざされて、刈り入れ時を過ぎれば彼の地に赴く事はなかなかに難儀であった。しかし槍に乗って飛べてしまう・・・とまでは言わないが、幸村にとってそのようなものは何の足かせにもならない。つまり、雪は会いに行かない理由にはならなかった。では、国交が途絶え、また敵国とあいなったのかと言うと、そうでもない。幸いな事に、いまだ第六天魔王と呼ばれる織田信長は動かず、東国の均衡も破られず、甲斐と奥州の同盟関係は続いている。では幸村が心変わりをしたのかと言えば、それはそもそもありえない事であった。幸村は政宗に決して会いたくない訳ではなかった。むしろ日に日に募る思いに、身体を重ねる以前より更に胸の奥を傷めていた。同盟を保っているこの機を逃しては、あいまみえるのが戦場になりかねないと言うのに、山のような手紙は出せど、幸村はどうしても会いに行けなかった。今政宗に会ってしまったら、戦場で刃を交えたいのと同じくらいに、先達てのような事に及んでしまうと自分自身が一番良く分かりきっているからだ。逢いたいのも身体を求めたいのも同義と看做す程に、幸村は惚れた腫れたに聡くはなかった。それ故、そのような事ばかりが目当てと思われてはかなわないと思い込んでしまっていた。それに、かの際に政宗を存分に悦ばせた事は初めてにしては首尾上々と言えど、相当に無理をさせた自覚もある。そもそもあのような振る舞いで良かったのかさっぱり皆目検討もつかなかった。 そのような当人同士でしかどうにもならない事で、時折幸村は鬱々と考え込んでいた。そしてそんな事を考えてしまうのは、決まって月が欠ける夜であった。美しく輝くかの人の前立てに良く似た月が頭上に昇ると、もうどうしようもなくその面影が脳裏にちらつき、決まって夜も眠れぬ日々が幸村を襲うのだった。 今宵は真によく晴れた、下弦の月が煌々と照る夜だった。あまりに美しいその輝きは、弦月の前立ての下から覗く隻眼の鋭さと、それが乱れた時の妖艶さを容易に幸村に思い出させた。 ――・・・幸・・・むらぁ・・・―― ついでに、睦み事の際の声まで耳の奥に蘇る始末。とても寝所で寝転がってはおられず、思わず幸村は前屈みになり、霜張る井戸端まで歩み出てきた。そんな折、屋敷の見回りから戻ってきて、さあもう交代して休もうと思っていた佐助が見たものは、真冬だと言うのに、汲んだばかりの井戸水を、庭先で頭から被る我が主の姿だった。 いつも通りと言えばいつも通りの過保護な佐助の手を、しかし我に返った幸村は多少乱暴に振り払った。
つづく |